5:泡沫のように

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 確かに、あんな状況に置かれた場合に最も有効な手段は、武力の行使かもしれない。しかし、人数や状況から考えて、逃走よりも争いに持ち込もうとした里歩の性格は、同年代の子どもと比べて遥かに危険性を秘めている。  このような一連の出来事もあり、苦渋の選択を迫られた結果、真琴の両親がとった手段がこの薬だった。  柴燈 里歩という人格を削除し、今まで彼女の中に蓄積された知識や形成された人格、重ねられた記憶をすべて消す。そして、完全に更地となった彼女の空いた隙間に、他の人格を詰め込む。  それが両親の考えた策だ。  両親が姉を厳しく育てたのも、母が良い大学への進学を強制したのも、全ては、かつての粗暴な人格が再び顔を出さないようにするためのことだった。  そのために、名前も改名させた。真琴に薬を飲まされても、すぐに状況理解が追いついたのも、一度服用の経験があったからだ。  柴燈 里歩は一度死に、親からの期待に押しつぶされようとする優等生に生まれ変わった。  ──だが、真琴がそれを、覆したのだ。  姉は綺麗に死ぬことを望んでいた。その願いは図らずしも、真琴の密かな願望と完全に合致していたのだった。
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