5:泡沫のように

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 利帆は──いや、里歩は、椅子の背を掴むと同時に、それを高く振り上げた。  劇薬を飲まされた直後とは思えぬ速度で、鉄製の細い脚が頭に叩きつけられる。骨が叩き割られるような激痛が走り、真琴は床に膝をついた。  大人の足音が近づいてくる。壁に叩きつけられるようにしてドアが開き、寝巻き姿の両親が室内に駆け込んできた。真っ赤に染まった畳と、頭を抑えてうずくまる息子を認識した途端、顔色を変えて里歩を抑えにかかる。 「何をしてるんだ!やめろ!」 「離せ!よくもあたしを、あたしを・・・・・・!」  獣にも等しい怒声が室内に響く。父が背後から里歩に掴みかかり、羽交い締めにしようと必死に腕を伸ばしていた。その後ろでは、しゃがみこんだ母が、半狂乱の状態で叫んでいた。   「何してるのよ!なんで・・・・・・里歩!」 「里歩、落ち着け!暴れるな!」 「やめてよ。なんでよ、優等生に育てたかったのに!」  涙ながらの引きつった声と、これ以上の暴行を静止しようとする怒鳴り声が一緒くたになっていた。里歩は唸り声をあげながら、手近にあった本棚を勢いよく蹴りつけている。  血を流し続ける真琴に、手を差し伸べる者はこの場にいない。この場の圧倒的強者である彼女を止めようとする者、悲嘆に泣きくれる者。汎ゆる意味で、里歩は王者だった。  里歩が机に手をかけ、ひっくり返した。引き出しとその中身が勢いよくぶちまけられ、植木鉢とパイナップルセージの芽が土ごと滑り落ち、教科書や筆箱などの雑多なものが雪崩のように床に叩きつけられた。  完全に理性がとんでいる。しかし、力ずくで彼女を止めるのは不可能に近かった。    顔面に拳を受けて本棚に背を打ち、父が一瞬よろめいた。大人の男とはいえ、怒り狂った相手にはそう簡単に敵わない。ほんのわずかな隙に、姉は再び椅子を振り上げた。
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