1:昔の記憶

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 姉は、いつになくはしゃいでいた。見知らぬ景色に興奮していたのだろう。まだ幼かった。  しかしそんな姉とは対称的に、真琴は不安でいっぱいだった。中学にあがったばかりだ、スマホもまだ与えられていない。  何かあっても連絡はとれないのだ。持っている小遣いとてそう多くはない、あまり遠くへ行こうものなら、帰ってこれない可能性すらあった。 「ねえ、真琴。あっち行こうよ」  駅を出た途端、姉に手を引かれ、どこかもわからないまま歩き出した。知らない色の風景の中、人混みの中をぬけて、青空の向こう、太陽が沈む場所へ辿り着こうとするかのように。  洒落た花屋に飛び込んで、買いもしないのに店内を物色するふりをした。大人の中に紛れ、花を選ぶ真似をし、何も買わずに店を出た。真琴は入店する前に姉を止めようとしたが、姉は聞かなかった。 「いいじゃない、別に。ちょっと予算が足りないだけよ。もしお金と送る相手があったら、買ってるわ」  遠慮も緊張もなしに、その後もずかずかと汎ゆる店に首を突っ込んでいく。  値の張りそうな洋菓子屋に、高級ブランドと思われる服屋。  狭さとは裏腹に行列のできている和菓子売りの店に無遠慮にも入ろうとする姉を引き止め、隣に建つ、サラリーマンで混み合うラーメン屋をいっしょに覗き込んだ。  姉が我の強い性格だということは、よく知っていた。誰かの後について歩くことよりも、他人を引きずって自分の行きたいところへ引っ張っていくような人だ。  とはいえ、こうして出かけることなど、初めてだった。ゆえに、ここまであちこちに連れ回されることになるとは思ってもいなかったのだった。
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