1:昔の記憶

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 大通りをぬけると、車が猛スピードで走り抜ける道路に出た。向こう側の歩道に渡ろうにも、信号は見当たらない。手前側の道を歩くことにしたが、いかんせん歩道が狭かった。  白線が道に敷かれているものの、その内側を歩こうとすればどうしたって人とすれ違うのは難しい状態だった。  2人で前後に並んでも、前から歩行者や自転車が来た場合には、揃って身を右側に引き、車道側に跳ね飛ばされないようにせねばならなかった。  しかし、前後左右に広がる風景は、ずいぶんと面白かった。車を避けようとするうちに、いつの間にか住宅街に入っていたようだ。  色とりどりの瓦屋根の戸建てがずらりと並び、様々な種類の門扉や小洒落たアーチがその入口の前で待ち構えている。  犬の置物に、真琴たちの背よりも大きな植物の鉢、西洋風のネームプレートに、敷き詰められた石畳。住む人の生活を彩り、訪れた客を楽しませる仕掛けが要所要所に施されている。  マンションやアパートとも違う個性的な趣に、真琴はすっかり夢中になっていた。  真琴たちの家も住宅街の中にあり、2階建ての一軒家ではあるが、その周囲の景色はこことは大きく違う。  周りとの協調を望む住人が多いせいか、どの家も白を基調とした壁とグレーの屋根に覆われており、味気ないモノクロの風景がどこまでも伸びている。  そんな珍しい風景に、真琴は姉といっしょに夢中になっていた。だから、気づかなかったのだ。  ──入ってはいけない場所に、足を踏み入れていたことに。
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