1:昔の記憶

7/9
前へ
/40ページ
次へ
 住宅街を過ぎたのだろうか。突然、ぱったりと家々が視界から消えた。目の前に見えるのは、そびえ立つ黒い建物が1戸。  玄関付近には照明が設置されていないのだろうか。建物の中心部に構える正面玄関と思しき入り口は、その内装をあらわにすることなく、暗闇のベールに包まれている。  入り口へと続くまっすぐな道の左右には、黒塗りの車がずらりと並んでいて、底しれぬ深淵へと今にも飲み込まれそうである。  だが、その連なる車の乗り手たちこそが、深く暗い最奥を作り上げているのに違いなかった。  周囲には、人っ子一人見えない。車の走行音や子供の声すら聞こえてこなかった。  騒々しさの根源などまったくないはずなのに、なぜかこの静寂は、無理やりに聴覚を揺さぶろうとしている。そんな風に感じられた。無音がゆえの威圧感が、宙に充満していた。  もしかして、まずいところに入ってしまったのではなかろうか。そう思いながら、真琴は背筋を冷や汗が流れるのを感じた。  絶対にまずい。ここにいてはいけない。本能が警鐘を鳴らしている。 「姉さん、ここ、何か変じゃない?危なそうだし、帰った方が・・・・・・」  おずおずと切り出したが姉は聞く耳を持たず、そのままずんずんと進んでいこうとする。 「大丈夫よ、全然危なくない。ちょっと変なこだわり持ってるだけじゃない?きっと黒が大好きなのよ」 「で、でも」  姉は真琴の手を握ったまま、颯爽と足を踏み出した。黒塗りの建物がより一層間近に迫る。 「やめようよ。姉さん。ダメだと思うよ、こんなの……」  半泣きで反論しながら反対側を向き、来た道を引き帰そうとしたときだ。背後に──黒塗りの建物の方から、声が聞こえた。 「ガキが2人か・・・・・・消しますか、吉野さん」  低い男の声だった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加