1:昔の記憶

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 思わず振り向こうとして、真琴は途中で首の動きを止めた。限界まで眼球を端に動かし、背後にいる男の方を見る。  オールバックにまとめた髪からスーツ、革靴に至るまで黒に統一している男らが、3人見えた。広い肩幅に太い腕。ぴしりと伸びて一寸たりとも揺らがぬ体幹と、サングラスの奥にある鋭い目つきで、真琴は察した。  ──関わってはいけない人だ。  さらに、黒服の男らの向こうにもうひとり、青年がいるのが見えた。銀髪に紺色の高級スーツを着崩したその人物が、リーダー格だろう。  一瞬だけ目が合ったような気がして、真琴は即座に視線を前方に戻した。男たちの姿は視界から消えた。 「名前で呼ぶな。アルツでいいって言ってんだろ」  ドスのきいた声と同時に、鈍い低音がはっきりと耳に届いた。同時に、かっちりと揃っていた靴音がほんの一瞬だけ乱れたのを感じた。  人が殴られてよろめいた音だ、そう気づくより早く、ねっとりした猫なで声が鼓膜に絡みついた。 「ねえ、お嬢ちゃんたち。何してるんだい。こんなところで」  おそらく、名前を間違えた黒服を殴ったと思われる男だ。凄むような気配と凍てつくような恐怖に、動くことができない。振り向かずとも、その目が笑っていないのが分かる。    真琴は姉に手を取られたまま、その場で立ち止まってしまった。  複数の硬い足音が、行進のようにひとつに揃ってこちらへ向かってくる。衣擦れや呼吸の音ひとつしない。コンクリで固められた地面に、靴の踵が当たる。それだけが、「彼ら」が進行してくることを伝えていた。
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