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6 開放のために
『黒のシャンタルの緑の瞳。それはこの神域を超えた先のこと』
「え?」
『その緑は世界の生命の色なのです』
「せかいのいのちのいろ?」
ベルが首を傾げる。
『ですから、そのことはこの神域のこととは別と考えてください』
「なんか、ややこしいな」
トーヤも首を傾げた。
『さきほどトーヤが言ってくれた通り、この世界は二重に閉じているような状態です。その最初の開放の後、そのことは分かるかも知れない。そう思っていてください』
「そうか、それもまたいつものやつ、時が満ちればってのか」
『そう思ってくださって構いません』
「分かった。今言ってもしょうがねえこと、そう理解しておく」
『ありがとう』
「そしてまた気になることが出てきた。あんたがさっき言ったことだ」
トーヤは厳しい目を光に向けると、
「開放」
とだけ口に出した。
「これは、一体どういうことだ?」
『わたくしは、この神域を開放しようと考えています』
空間にどよめきが広がる。
「それは一体、どういうこった」
『言葉の通りです』
「つまり、あんたが慈悲ってのを詰め込んで閉じてたこの神域を開く。そういうことか」
『その通りです』
「そんで、開いたら一体どうなるんだ?」
『分かりません』
「わかりません、だあ? そりゃまた無責任なこったな」
トーヤが半笑いでそう言うと、
「それ、開けて大丈夫なのか?」
ベルが心配そうにトーヤの言葉にかぶせてくる。
『分かりません』
「おいおい……」
光の正直な言葉にトーヤが思わず呆れたように言ってから、
「千年前のことが見えるってあんたらにも分からん、そういうことなんだな?」
と、真剣な顔で聞いた。
『その通りです』
「そうか。それだけ深刻な事態っつーことだな……」
トーヤの言葉に光は答えない。
「言えないことには沈黙、か……」
「トーヤ……」
ベルがゴクリと唾を飲み込んで言葉も飲み込む。
ほんの少し前、心が一つにまとまり、前向きに、明るくなった空間が、また重い空気に満たされようとしていた。その時、
「まあまあ、考えても仕方がないよ」
と、「能天気の親玉」がいつもの調子で口を開いた。
「どうせ先はどうなるか見えないんでしょう? だったらどうなるかなんて、考えても仕方なくない?」
シャンタルはそう言って、いつものようにクスクスと笑った。
「おまえはよぉ、ほんとによ……」
さすがのベルが呆れきったようにそう言うが、
「そりゃまあ、そうだ、言われてみりゃ」
と、今度はトーヤが大笑いする。
「おまえの言う通りだ。なんもびびるこたぁねえ、どうせやることは一緒だからな」
「そうでしょ?」
「ああ」
八年の相棒がそう言って顔を見合わせ笑い合った。
「じゃあまあ、開けるのはもう決まり。それをどういう手順でやりゃあいいんだ?」
「ちょ、トーヤ!」
ベルが思わずトーヤの袖を引いた。
「なんだ」
「本当に大丈夫なのかよ、そんな安請け合いして!」
「安請け合いって、どうせやるしかしょうがないことなんだろうが。だったら笑って機嫌よくやった方がいいってもんだ」
「ええ~……」
ベルの声が尻すぼみに消えていく。
「そんなん、大丈夫なんかよ……」
「分からん」
「ちょ!」
あまりにトーヤが即答するのでベルが目を丸くした。
「分からん」
もう一度トーヤが笑いながらベルにダメ押しする。
「おまえなあ、言ってるだろうが、どうせ今やれることは決まってるってな」
「ああ、トーヤがじいちゃんの受け売り、てっ!」
もちろんいつものやつだ。
「言ったご本家がいるから俺ももっと気楽に言えるけどな、なんでもかんでも終わった後でうまくいけば笑い話、失敗すりゃ後悔。な、じいさん」
「それか……」
カースの村長があの時トーヤに言ったことを思い出したようだ。
「本当にそうだと思ってな、あれからこれが俺の信条だ。じいさんの受け売りだけどな」
そう言ってトーヤが朗らかに笑う。
「そうか……」
村長はシワの深い顔にゆっくりと柔らかい笑みを浮かべたが、
「そうじゃな。人にやれることなんぞ、どうせ大したことじゃありゃせん。じゃが、その重みは違うぞ」
「重み?」
「ああ、そうじゃ」
そう言って真剣な目をトーヤに向ける。
「もしも、このことが失敗したら、それはわしらのような先の短い者にはそれはもう、諦めがつくようなことかも知れん。じゃが、わしらの孫、ひ孫の代の者にとっては、それは長い長い時に関わることじゃ」
「なんだ、じいさんも案外大したことないな」
トーヤが村長の言葉を笑い飛ばす。
「人の寿命は順番なのか?」
「何じゃと?」
「人は、みんなが同じ年まで生きるって保証があんのか?」
「いや、それは……」
保証などあるはずがない。
「俺の母親はいくつだったか本当のとこは知らんが、俺の育て親は25で死んだ。フェイは10歳だ。アランとべルの兄貴はいくつだったっけ?」
「二十歳だ」
アランが答えた。
「な? みんなそんな保証なんてねえんだよ。逆に言うと、この中でじいさんが一番最後まで生き残る可能性だってあるんだぜ? つまりな、みんな同じ運命の船に乗ってんだ。年取ってんの若いの関係なく、みんなまとめて助ける、そのぐらいの気持ちでやらんでどうするってんだ」
そう言ってトーヤは村長に明るく笑いかけた。
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