悲劇

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悲劇

「それで、ブランシュ姫は 短剣で自分の胸を刺し死んでしまうの。 ねっ、悲しいでしょ??」 「ルー……」 ルーが悲しそうな顔をする。 ノアは、悲恋の物語をルーに聞かせて 泣かせようとしていた。 だが、ルーは悲しげな表情を見せるだけで 涙を流すには至らない。 もう、たくさんの話をルーに聞かせているが、 効果がない。 アクアはため息をつく。 「他の方法を考えましょう、ノア。 ルーには効果が無いみたいよ」 空は紺色に変わり、星々が煌めいている。 早く涙を流させないと帰れない。 今頃、マリンは血相を変えて アクアたちを探し回っているだろう。 両親を心配させていることに罪悪感を抱く。 でも、父の病を治すには 絶対に『竜の涙』が必要なのだ。 一体どうしたら……。 「あ、良いこと思いついた!」 突然、ノアが立ち上がりその場に倒れた。 固く目を閉ざし、ピクリとも動かない。 「ちょっと、ノア。何してるのよ」 こんなところで寝ている場合ではないのに。 つい、イラッとして 声がとげとげしくなってしまった。 ノアは返事をしない。 その代わりにアクアに薄目で 下手くそなウィンクを送ってきた。 「……? あっ」 ノアは死んだふりをしているのだ。 それに気づき、アクアは戸惑う。 ……これが死んだふり……? そして戦慄した。 ノアの演技は三流以下だったからである。 ゆっくり倒れたし、眠っているようにも見える。 「ルー……?」 ルーが可愛らしく首を傾げる。 アクアはノアの演技が嘘だとバレないように 口を開いた。 「ノ、ノアっ! どうしちゃったの!?」 混乱した様子をルーに見せる。 「……」 アクアはノアが息をしているか確かめる演技をする。 ノアの鼻から小さな風が吹いていた。 当然だ。 「やだ!! 息をしてないわ!  ノアっ! ノアっ!!」 嘘である。 アクアは涙を流しながら声を掛け続ける。 もちろん演技だ。 大根なノアに比べてアクアの演技は迫力があった。 ルーが心配そうに近づき、ノアの頰を舐める。 「っふふ」 くすぐったかったのか、ノアが笑い声を漏らした。 アクアはハラハラしながら二人を見守る。 ルーはノアが生きていると確信し、顔を輝かせた。 そして、ノアの顔中を舐め回す。 「ちょっ、ちょっと、やめっ……ふふっ」 あぁ、もうっ!! 「あーあ、失敗しちゃった」 ノアが起き上がり、撫でて、とねだる ルーの頭を撫でた。 「当たり前よ! ノアの演技も大根だったし、 笑い声も全然抑えられてなかった! もうっ、これでまた振り出しに戻ったじゃないっ」 アクアはノアを軽く睨みつける。 ノアは呑気にへへへと笑っていた。 アクアはこの先を憂いて深くため息 をついたのだった。
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