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「もし、菜月の身に万が一のことがあれば、俺はあいつを許さなかっただろう。そう思うと藤白の気持ちもわからないことはないがな」
「パパ……」
「そのくらい、俺にとって菜月は大切な存在だってことだ」
「うん」
征樹の腕にきつく抱きしめられ、菜月はようやく安堵の息をつく。
ふと、視線の先に桜花が立っていることに気づく。
桜花はまるで謝罪するように、深く頭を下げていた。
桜花の姿が少しずつ周りに溶け込み消えていこうとする。
「待って! どこに行くの桜花さん。行っちゃだめ!」
消えて行く桜花を菜月は呼び止める。
翔流が桜花の腕をつかんで引き止めた。
もっとも、相手に実態はないが。
「藤白さん、君の向かう場所はそっちではない」
と言って、翔流は東の方を指さした。
「光がみえるだろう? 本来君が行くべき場所だ。迷うことはないはず」
桜花の目に涙があふれる。その涙が頬を伝い、床に落ちたと同時に、桜花の姿がこの場から消えた。
「桜花さん、ちゃんと成仏できたかな?」
「え?」
翔流が何故か目を丸くしながら菜月を見る。
「だって、事故現場で地縛霊となって動けなかったんでしょう? これで天国に行けたかなと思って」
目の縁に浮かぶ涙を指先で拭い、菜月は窓の外、暗い夜空を仰いだ。
その横で翔流は首を傾げながら、じっと菜月を見つめていた。
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