#1 再起動

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高層ビルの間を潜り抜けるようにバイクを走らせていると、 一人の小学生が信号を渡ろうとしているのが視界に入ってきた。 ――赤信号だ。南は慌ててその男子小学生の近くにバイクを停めてから 「今は赤信号だからわたることはできないよ、怪我されたらみんな困るからね」 優しめの口調で諭して「……わかった」と言って小学生が半分ぐらいは 歩んでしまっていた赤に変わった信号機から遠ざけた。 すぐ後ろを大型トラックが通り過ぎていった事に内心驚きながらも なんとか、小学生にはちゃんと信号を見るようにと忠告して、 歩道近くに停めていたバイクにまたがった。 ここまでのところ異変を感じたのは一回だけ……、 もしかしたら病気の予兆なんじゃないか、なんて思いながら のんびりとバイクを走らせる。 数分ほど走らせてようやく押久保の居場所を探知することに成功した。 ――というのも同じような見た目をしたバイクがあったので観察していると、すぐ傍の喫茶店からのんきに出てきたからだ。 そこまで問い詰めるつもりはなかったのだがコーヒー片手に笑顔で 店から出てきた押久保に「どうして俺のバイクが二台あるんだ?」と 少しばかり語気を強めて聞いたが「あたしは知らないですよ。もしかしたら先輩のバイクに似ているだけのものだってこともあるじゃないですか」と コーヒーカップ片手にまともな反論をされた。 だがここで説得されるわけにはいかない。 改めて押久保の乗っているバイクと自分が運転していたバイクを交互に見比べてみたが、何一つ違っているところはない。 (……まさかな) さっきと同じことが起こらないか。 それだけが唯一気がかりになっていたが、俺の予感は嫌なほど的中する。 押久保のバイクをある程度見終えたところで、 また、身体のどこかを強打したような痛みが襲ってきた。 これで二回目なのだが不思議にも表情や言動で表すことはできずにただ脳で『こんなことが起きた』と認識することしかできないのだ。 だが、その出来事は今日の二回も俺の所有物がトリガーになっている。 もしかしたら、俺の周りに何か異変が起きているのではと 少し勘づくことがあるのだが原因が何なのかは断定することができない。 押久保のバイクを眺めている間に背後に映る景色はコマ送りのように 多彩な後継を見せながらある駐車場が映った事でとまった。 その異変が起きている間、 俺はずっと押久保のものと思われるバイクの胴体をしゃがんで 眺めているだけだった。 ――これで二回目だ。 そう思いながら俺は目の前にある白いバイクにヘルメットをつけて 飛び乗った。今回はピザやを出る前にいた駐車場。 (気が付いたら5分か10分ぐらい前に戻されている。違いがあるはずなんだ、違いが――!) バイクを運転しながら周囲をくまなく観察し続けた。赤信号を渡る直前で 止まっている男子小学生、喫茶店の前に放置された押久保の乗っている バイク、そしてそこを抜けた先にある交差点、 交差点の前にある八百屋、仕入れ業者のトラック。 法定速度を遵守したうえで配送ルートをスタートからゴール地点まで 運転してみたものの、どこもおかしいところは見つからない。 ……いや、またスタート地点に戻されていた。 いつの間に戻されてしまったのか考えようともせずに スマートフォンで時間を確かめてみた。 8月15日午前7時30分 今日だけで二回も同じタイムゾーンを繰り返している。 肌を刺すような日ざし、まばらになってきた通行人。 徐々に増え始めている自動車。 駐車場の周辺には特に異常がなかった。 ピザ屋の中に戻されていないので駐車場を出た後に 異変の正体が姿を現すことは確実だ。 7時半から約五分が過ぎたところでもう一度駐車場の周囲を 見渡してみたが特に変化は見られない。 (どこに黒幕が潜んでいるのやら……) 本日何度目になるのか分からないが法定速度を遵守しながらバイクを 走らせる。駐車場を出てすぐのビル群には異変の正体はみられなかった。 信号の前で立っている何人もの年上の通行人に迷惑がかかるだけだ。 信号が青に変わったのを見て、再びバイクを走らせる。 プログラムされたロボットみたいに横断歩道の前で立ち止まった小学生。 (こいつが原因なのか?) 俺は小学生が赤信号を渡り始めたのを見てバイクを降りてから 「今は赤信号だからな。間違ったら車にひかれるぞ」と声をかけに行くと、 その小学生は三並の言葉を聞くと親切に横断歩道の手前まで駆け足で 戻っていった。いきなり知らない人に声をかけられたらどうするべきだ、とかそういう防犯知識は身についていないのか、 その小学生は三並が忠告をすると信号が変わるまで じっと渡ろうとするのを耐え続けていた。
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