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雨、ところにより、姫
『絶対に秘密だよ』
ぼんやり眺めていた窓の外にゆらゆらと飛びにくそうにしているスズメを見つけて、ふと後ろの席の彼女の声が蘇ってきた。
僕は後方を振り返る。
「風が強そうなんだけど、なんとかならない?」
「無理だよ。私怒ってるから」
「スズメに罪はないだろ」
「恨むなら私じゃなくて投票者を恨んでよね」
空木は頭を抱えて大きなため息をついた。
彼女のため息はそのまま突風となり、また一羽のスズメが体勢を崩す。まるで神の息吹だ。
「ハマり役だと思うけど」
「もしかして草凪くんも私に入れた?」
「うん」
黒板に書かれた何人かの名前と、その下に並んだ幾つもの『正』の字を見る。
うちのクラスでは今度の文化祭で演劇を行う。今はその配役について話し合っていた。
題名は『白雨姫』。白雪姫をモチーフにしたオリジナルストーリーらしい。
そのお姫様役を決めるクラス投票で空木は圧倒的勝利を収めていた。
「まあ投票だし諦めるしかないんじゃないか」
「草凪くんにはわかんないよ、お姫様の気持ちなんて」
「もうすっかりハマってんだよな」
本人は嫌がっているが、僕の台詞に嘘はなかった。
空木の可憐な容姿や透き通るような声、華やかな雰囲気はお姫様にピッタリだと思う。それは彼女の得票数にも大きく表れている。
「そもそも『ある王国に生まれたお姫様がとんでもない雨女で、日照り続きで農作物が取れない他の国々にその身を狙われる』ってどういうお話なの」
「どこが白雪姫モチーフなんだ?」
「私が聞きたいよ」
感情移入できる気がしないんだけど、と空木が嘆くと一層強い風が吹く。
窓ガラスが音を立てて揺れ、クラスメイトの何人かが小さく驚きの声を上げた。
「草凪くんは、黒子? 黒子って何するの」
「劇が円滑に回るように多方面でサポートするんだよ。劇を守る役目、と言ってもいい」
「要するに雑用ね」
「言葉を選べ」
劇を作り上げるのは演者だけではない。監督に脚本、大道具や小道具、音響、照明など様々な役割が交わって一つの舞台が完成する。
そこにはもちろん気の利く黒子も必要だ。そう、決して人手が余ったからというわけではない。
「バックには僕がついてる。だから安心して演じてくれ、お姫様」
「草凪くんに背中を任せるの?」
「なんだよ。僕が信じられないのか」
僕がそう言うと、空木は僕の目を見た。
あまりに真っ直ぐ見つめてくるので逸らそうとすると、彼女はまた小さくため息をつく。
「……わかった。信じるよ」
意外にも素直に頷いた空木の横顔を光が照らす。
理由はわからないが彼女の気分が少し晴れたのだろう。いつの間にか窓の外では青空が顔を覗かせていた。
この空模様は、彼女の心模様そのものだから。
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