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また振り返りそうになった空木を「こっち向くなって」と制する。う、と彼女は小さく呻き声を漏らした。
「え、話したの」
「ああ」
「なんで」
「友達ができたから」
実際に僕が話したのは監督と演出に関わる人にだけだ。
まあけど今はさらにその先にも伝わっているだろう。
「あれから考えてたんだ。本番で絶対雨が降るならどうにかプラスに使えないかって」
まず僕は監督に相談した。
そこで彼が提案したのが、この『予告演出』だった。
「最初から観客に『劇のラストに雨が降ります』って傘を渡したんだ。そうすれば文句も出ないし『ほんとに雨降るの?』って期待して最後まで見てみたくなる」
「だから喜んでたんだ」
「ああ。ただし傘の費用は後日クラスで割り勘だからよろしくな」
「きっちりしてるなあ」
彼女の声色から苦笑いをしているのが伝わってくる。
僕はできるだけ彼女の心を乱さないように言葉を続けた。
「みんな、信じてくれたよ」
この作戦は僕一人じゃ不可能だった。
大量の傘を購入して学校に運び込むことも、それを観客全員に配ることも、気持ちを乱さないようこの作戦を姫には絶対秘密にすることも。
ラストシーンで雨が降る。
この前提を信じてもらえなければ、こんなに時間も、お金も、労力もかけてもらえなかっただろう。
「むしろここまで準備して雨が降らないときのほうが心配だったな。みんな裏で『雨よ降れ!』って念じてたぞ」
「……降水確率、三十パーセントだもんね」
彼女の声にノイズが混じるのは雨音のせいだろうか。
雨が強さを増す。布の隙間から僕の頬に雨粒が当たるが冷たくはなかった。
「僕も最近知ったんだけどさ」
頭上に掲げた傘に雨粒が当たる。
心地いい振動を手の平に感じながら僕は彼女に教えてやった。
「うちのクラス、良いやつばっかだよ」
雨はすっかり本降りになっていた。観客の歓声は徐々に静まっていき会場は雨音に包まれる。
ステージ前にはたくさんの傘と、期待に満ちた瞳。
それらを一点に集めるのは、ステージの中央に立つ彼女だ。
「バックには僕たちがついてる。だから安心して演じてくれ、お姫様」
傘を差しているはずの彼女の足元に、一粒の水滴が落ちる。
けれどそれきり数を増やすことはなかった。
『――ああ、王子』
姫は天に広げた両手を胸の前で組み、色とりどりのお花畑の中心でその透き通った声を凛と響かせる。
それから、あたたかい雨の降り続ける空を見上げて。
幸せそうに微笑んで。
物語を締め括る最後の台詞を口にした。
『あなたを信じてよかった』
(了)
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