雨、ところにより、花

2/2
前へ
/10ページ
次へ
 また振り返りそうになった空木を「こっち向くなって」と制する。う、と彼女は小さく呻き声を漏らした。 「え、話したの」 「ああ」 「なんで」 「友達ができたから」  実際に僕が話したのは監督と演出に関わる人にだけだ。  まあけど今はさらにその先にも伝わっているだろう。 「あれから考えてたんだ。本番で絶対雨が降るならどうにかプラスに使えないかって」  まず僕は監督に相談した。  そこで彼が提案したのが、この『予告演出』だった。 「最初から観客に『劇のラストに雨が降ります』って傘を渡したんだ。そうすれば文句も出ないし『ほんとに雨降るの?』って期待して最後まで見てみたくなる」 「だから喜んでたんだ」 「ああ。ただし傘の費用は後日クラスで割り勘だからよろしくな」 「きっちりしてるなあ」  彼女の声色から苦笑いをしているのが伝わってくる。  僕はできるだけ彼女の心を乱さないように言葉を続けた。 「みんな、信じてくれたよ」  この作戦は僕一人じゃ不可能だった。  大量の傘を購入して学校に運び込むことも、それを観客全員に配ることも、気持ちを乱さないようこの作戦を姫には絶対秘密にすることも。  ラストシーンで雨が降る。  この前提を信じてもらえなければ、こんなに時間も、お金も、労力もかけてもらえなかっただろう。 「むしろここまで準備して雨が降らないときのほうが心配だったな。みんな裏で『雨よ降れ!』って念じてたぞ」 「……降水確率、三十パーセントだもんね」  彼女の声にノイズが混じるのは雨音のせいだろうか。  雨が強さを増す。布の隙間から僕の頬に雨粒が当たるが冷たくはなかった。   「僕も最近知ったんだけどさ」  頭上に掲げた傘に雨粒が当たる。  心地いい振動を手の平に感じながら僕は彼女に教えてやった。 「うちのクラス、良いやつばっかだよ」  雨はすっかり本降りになっていた。観客の歓声は徐々に静まっていき会場は雨音に包まれる。  ステージ前にはたくさんの傘と、期待に満ちた瞳。  それらを一点に集めるのは、ステージの中央に立つ彼女だ。 「バックには僕たちがついてる。だから安心して演じてくれ、お姫様」    傘を差しているはずの彼女の足元に、一粒の水滴が落ちる。  けれどそれきり数を増やすことはなかった。 『――ああ、王子』  姫は天に広げた両手を胸の前で組み、色とりどりのお花畑の中心でその透き通った声を凛と響かせる。  それから、あたたかい雨の降り続ける空を見上げて。  幸せそうに微笑んで。  物語を締め括る最後の台詞を口にした。 『あなたを信じてよかった』 (了)
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加