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雨、ところにより、晴
「外が綺麗に晴れてたらなんか気分良くなったりしない?」
なんでこんなに晴れてるんだろう、とぼやく僕に彼女は少しズレた返事をする。
教室の窓際最後方、この間の席替えで空木は僕の後ろにやってきた。
振り返ると、彼女は燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴びている。朝日が彼女の登校を歓んでるみたいだ。
「雨も嫌いじゃないけど」
「へえ、草凪くんは変わってるね」
「よく言われる」
「まあ人それぞれだろうけどさ、私は晴れてるだけでやる気が出たり雨の日はちょっとブルーになったりするよ。人の心って天気に左右されやすいんだよね」
うんうん、と空木は腕を組んで頷く。
彼女が何に納得しているのかわからず、僕はさらに尋ねる。
「えっと、つまり?」
「つまりね」
彼女の周りの照度が少し落ちた。太陽に薄雲が被さったのかもしれない。
空木は組んでいた腕を解く。
「だったらその逆もあり得ると思わない?」
かたん、と音がした。
窓の桟に立てかけていた僕の傘が倒れた音だ。家を出てからも結ばれたままの黒い傘は不貞腐れるように床に転がっている。
頭の中に溢れる疑問を一度考えないようにして、僕はただただ彼女の言葉を裏返す。
「人の心に、天気が左右される」
空木は満足そうに頷いた。
僕たちが話している間にも教室には次々とクラスメイトが入ってくる。
その全員が一様に結ばれたままの乾いた傘を手にしていた。当然だ。
天気予報によると、現在この町の降水確率は百パーセントなのだから。
「私の気分で天気が変わるの。私が悲しめば雨が降るし、私が怒れば風が吹く」
「空木さんに良いことがあれば快晴になる」
「そういうこと」
絶対に秘密だよ、と空木は人差し指を立てて唇の前に添える。
僕にはまるで信じられなかった。けれど目の前の事実が否応なしに真実だと告げる。
彼女がクラスで唯一傘を持っていないことも。朝から笑顔が絶えず上機嫌であることも。
遠くに見える隣町は真っ暗で大雨に見舞われているらしいのに、この町だけ台風の目のようにぽっかりと晴れていることも。
「……今度から天気は空木さんに訊くことにするよ」
「うん。明日の天気は雨だよ」
「なんで?」
「明日の体育、マラソンだから」
彼女はにこっと笑う。最近水曜日がいつも雨なのはこいつのせいか。
始業のチャイムが鳴る。
教室に入ってきた担任が長靴を履いていて僕と空木はこっそり目を見合わせて笑った。
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