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雨、ところにより、君
「緊張してるのか」
「わっ、びっくりした。墨汁の化物かと思った」
「誰が古い習字道具に宿る付喪神だ」
しかしそう言われても仕方ないくらいに僕は全身を真っ黒の布で覆われていた。
うちの衣装係は黒子にもしっかりと専用の衣装を用意してくれていて、この演劇にかける熱量が窺える。
文化祭当日を迎えた僕たちは舞台袖にスタンバイしていた。
発表を終えたクラスが引き上げ、この転換時間が終わればいよいよ僕たちの出番だ。
「……みんな傘持ってきてないね」
「降水確率三十パーセントだもんな」
幕の隙間から集まっている観客の様子を空木は不安そうに窺う。
結局、問題は解決しなかった。
空木は元々涙もろいようで、雨を降らせるのは簡単でもそれを止めるのは難しいらしい。そもそも心のコントロールなんてそう簡単にできるものじゃない。
「大丈夫だ。策は講じた」
僕の言葉を聞いて空木はこちらに目を向けた。
「策って?」
「それは言えない」
「なんでよ」
「演技を邪魔したくないから」
練習のたびに、彼女は泣いていた。
そのたびに窓の外では雨が降った。
けれどそれは空木が白雨姫に深く感情移入していたからこそで、その魂のこもった演技は素晴らしいものだった。
みんなに見てほしいと思った。彼女の美しさを、高貴さを、純粋さを。
うちのクラスのお姫様を。
「僕を信じろ」
だから今は何も教えない。
だから今は、これだけしか言えない。
「この劇を守るのが黒子の仕事だ」
舞台袖がぱっと明るくなった。雲間から差し込んだ日光がスポットライトのように彼女を照らす。
光の中できらきらと瞬くドレスを纏った彼女は、影に立つ真っ黒な僕を見つめた。
「……わかった。私も本気出す」
僕は小さく頷く。顔のほとんどを布で覆っていてよかった。
たぶん今の僕は、他人には見せられないような顔をしてる。
「自分で言うのもなんだけど、結果ぼっちのクラスメイトをそこまで信用して大丈夫か?」
この場の空気に耐えられなくなり僕は思わず軽口を叩いてしまう。
けれど空木は笑わなかった。
「信じるに決まってんじゃん」
演劇開始のブザーが鳴る。ゆっくりと幕が上がっていく。
光を連れた彼女はステージへ一歩踏み出しながら、僕に向けて微笑んだ。
「私のこと信じてくれたんだから」
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