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雨、ところにより、花
『王子の活躍により、白雨姫は昏い牢獄から解き放たれました』
ナレーションが終わると、照明が一斉に灯された。
眩いほどに照らされたステージの中央では皺だらけのドレスを纏った姫がうなだれている。
自分を囲む光で目覚めたかのように、ゆっくりと彼女は顔を上げた。
『ああ、空だわ! 私の愛しい雨空よ!』
両腕を大きく天に広げ、彼女は喜びを叫ぶ。
ぽつり、と。
細い水滴が空木の腕に落ちた。彼女の身体が固まったのがわかる。
台詞の止まった静かな空間で「雨だ」と誰かが呟いた。ゆっくりと落ちてくる雨粒が一粒ずつグラウンドの色を変えていく。
僕は傘を開いた。
「馳せ参じました、お姫様」
「え、草凪くん⁉」
「こっち向くなよ」
空木が背後に立った僕に振り向く寸前で制止する。少し頭が揺れたが劇には支障ないだろう。
僕は彼女が雨に濡れないように傘を寄せた。
「なんでここに」
「姫が本番中に戸惑わないための説明役と傘役」
「黒子ってほんと便利ね」
「言葉を選べ」
空木は何も答えなかった。
それから少しの間があって、空を見上げたままの背中が「ごめん」と小さく零す。
「やっぱり雨になっちゃった」
数えるほどだった雨粒が徐々に数を増やし、今は小雨くらいになっている。僕の纏う黒い布もうっすらと湿ってきた。このままさらに勢いを増すだろう。
「そうだな」
「せっかくいっぱい集まってくれたのに、台無しだね」
「そうかな」
傘に雨が当たる音がする。それ以外の音もする。
僕に聞こえるなら、彼女にだって届くはずだ。
「むしろ楽しんでるように見えるけど?」
わっと会場から声が溢れた。
ステージ前に集まった観客が「ほんとに降ってきた」「すごい」「どうなってんのこれ」と口々に騒ぐ。彼らの歓声は圧力を持って空木の後ろに隠れている僕にすら強く響いてくる。
観客の一人が、傘を開いた。
それが合図かのように集まった観客が次々と手に持っていた傘を開き始める。
ひとつ、またひとつと、花が開いていくように。
色も大きさも様々な傘たちがステージ前に咲き誇る。
「え、なんで」
傘なんて持ってなかったのに。なのか。
雨で喜ぶ人ってそんなにいるの。なのか。
何にせよ姫の疑問をすべて解決するために僕はここへ来た。
それと、彼女に謝るためにも。
「ごめん」
さっき謝られた華奢な背中に、今度はこちらが謝罪する。
「空木さんのこと、みんなに話した」
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