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第1話 その呪い
「環、ちょっと相談があるんだけど」
円城環がその聞き慣れた声に顔をあげれば、公理智樹が見下ろしていた。環と智樹は昔からの幼馴染という名の腐れ縁だ。そして妙に秀麗な、というよりも素でモデルでもできそうな容貌でスラリと立つ智樹は、燦々とした光差し込むおしゃれカフェ、クウェス・コンクラーヴェの雰囲気にとてもよく似合っている。
「なんだ」
けれども環にとっては見慣れたもので、また厄介ごとでも持ち込んだのだろうと、これまた美麗な眉をへの字に曲げて、鬱陶しそうに短く答えた。そして視線を再び、手元のタブレットに落とした。そんな環の応答もいつものことで、智樹は勝手に椅子を引いて席に座り、QRコードでコーヒーを注文する
「これ、知ってる?」
智樹は猫のぬいぐるみのついたストラップを環に示す。
「神津之介だろ?」
環の視界にチラリと揺れたキャラクタは、この神津市のマスコットである神津之介。烏帽子と狩衣を纏った二等身の猫。神津駅やお土産屋などでよく売られている。
「それがどうかしたの?」
「俺のお客さんの友達が神津之介に呪われたんだって?」
公理智樹は美容師を本業としている。いわゆるカリスマというやつだ。
何故疑問形なんだという疑問はとりあえず端に置くことにした。
「ふうん、何歳くらいの人?」
「高校生だよ」
「気のせいだろ」
そこで環の興味は失せた。
高校生というのはおまじないや呪いというものにかぶれる世代だ。第一、こんな怖さのかけらもない猫のぬいぐるみに呪われたって怖くない。
「それがさ、幽霊がついてるんだよね。明らかにその子に殺意を持ってた」
「幽霊?」
環はタブレットから目を挙げ、改めて智樹を正面から見据える。
公理智樹は幽霊が見える。殺意を持った幽霊。それなら環に話を持ってくるのは一応の道理が通り、通らない。
環の自己認識では、自身は呪術師を副業としている。そしてどうせ智樹はその費用を自腹で払うつもりなのだろう。環としてはその無意味な代償行為に嫌気がさしているものだから、いつも智樹の支払いを断る。その結果、複雑な経緯を経て、環は結局金を取らずに只働きさせられるのだ。
環は智樹を眺め、ため息をついた。
環が断ったとしても、このお人好しは結局首を突っ込み、事態を悪化させた上で再び環を頼ってくる。そんな未来はいつものことだ。それに殺意を抱いているというのも穏当ではない。霊は直接の殺傷力を持たないが、さまざまに人を誘導し、死に向かわせることはできる。それに智樹が巻き込まれないとは断言はできない。やはり放置するのは胸糞が悪い。だから仕方なく先を促した。
「それでどんな霊?」
「だからこれ」
見下ろすと神津之介のストラップ。
「神津之介の、霊」
「馬鹿にしてんのか」
環は半ば混乱しながら智樹の話を聞き、おおよその事情を弁えた。
ようはその女子は、神津之介でひとりかくれんぼをしたのだ。
(↓最新の神津地図です。2023.5.26 ver)
(左上のが神津之介)
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