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その後、Sasrykvaの声はベリノイズが散らばるテレビの前に移動する。真っ暗な部屋にモニタの四角だけが浮かび上がる。奈美子は無駄に真面目だから旧式のアナログテレビを用意したが、最近のデジタル放送では砂嵐など生じない。
『あとはパワーが貯まるまで待ちまぁす』
環が30分ほど動画を飛ばすと、ベリノイズが突然すとんと平板になり、ざらざらとした砂嵐が画面に浮かび上がる。本来ベリノイズが浮かぶモニタには、浮かぶはずのない砂嵐だ。
『お。集まり始めたね』
その楽しそうな声からしばらくして、水面に顔をつけるように画面から滲み落ちたものがある。神津之介のぬいぐるみだ。ムクリと起き上がればナイフを持っていて、それがモニタを背にのそりと手前の画面に向かってくる。不意に影のように黒い手がモニタの明かりを遮り、その背をつまむ。ナイフを持っているとはいえ、せいぜい10センチほどのぬいぐるみだ。持ち上げられると成す術はなく、足をバタつかせた。
「環、なにこれ。すごい可愛いんだけど」
「だろ?」
Sasrykvaの手はしばらく神津之介をつついたりぷらぷらと振ったりして遊び、そのうち何かに気づいたように、慌てて神津之介をテレビの画面に押しつけた。すると再びどぷりと粘度の高い水につけるようにモニタが揺らぎ、黒い手に押し込まれるようにして神津之介はその奥に姿を消したた。
『ふう、危ない危ない。あんまり可愛いから危うく時間が過ぎちゃうところだったよ。お友達のところに戻る時間があるからさ。夜明け前、今時分は4時半にはみんなのところに返してあげてね、じゃあ、バイバイ』
クレジットが流れる前に環は動画を消し、大きく息を吐き出した。
「それで問題は、俺にもこれが神津之介にみえたことだ」
「えっ? じゃあ」
智樹は幽霊は見えるが、環は見ることはできない。
「あの神津之介は実態または限りなく実態に近い」
「そんな、じゃあ本当にあの通りやれば神津之介が現れる、の? 見たいんだけど」
智樹は悩むように首を傾げる。
「だろ? その可能性がある。ただし、ナイフを持っている」
「え? あれ? ちょ、やばいじゃん! なんでそんなことするの!」
「面白いから、じゃないの?」
「……ああ、Sasrykva、だもんね」
智樹も環と同じくため息をついた。
Sasrykvaは愉快犯である。幸運な呪いも、不幸な呪いも、等しく世界にばら撒くのだ。
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