第九章 トリストゥルム

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十  帰りの馬車で、クロウは自分がやったこと、会話の内容を思いなおし、じっと下を向いていた。夜風が頭をなでる。  その様子を向かいの大魔法使いが面白そうに眺めていた。なんと人間臭い男なのだろう。強いのか弱いのか分からない。しかし、言っておかなくてはな。 「クロウさん。話しておきたいのですが。よろしいですか」  頭を上げた。 「今夜は長くなります。研究所に寄ります。ニキタとトリーンを待たせてあります」  上げた頭を傾げる。 「帝王のお言葉、覚えておられますか。わたしに対し、組織の立ち上げはおまえ自身で行え、とおっしゃられました」  目が光った。王城を出て初めて口を開く。 「覚えています。それと、この者を候補としたおまえの判断、とも。では、なんらかの組織を創設するおつもりですか」 「はい。どのような組織かはだいたい想像がついていると思いますが」 「監視ですね」  馬車は月と星の下、夜をなびかせて走った。  所長室はかなり片付いてきたが、まだまだ整理整頓されているとまではいかなかった。どうも所長には書類をあちこちに積むという悪癖がある。 「それで、帝王の御様子は?」  ニキタ・エランデューアはトリーンに手伝わせて茶を出しながら聞いた。大魔法使いが答える。 「たいへんご機嫌でした。クロウは見事に対応しましたよ」 「おじさん、帝王に会ったの? どんな人?」  トリーンは軽く興奮していた。 「会ったよ。立派な方だし、なにより話がすぐ通る」 「今夜通したのはどういう話?」  そのニキタの問いに答えたのは大魔法使いだった。 「自動演算呪文と魔王についての調査報告です。それと、この間お話しした組織について了承を得ましたよ。わたしが立ち上げていいそうです」  クロウとトリーンは二人の顔を見た。 「そろそろ分かるように説明してほしいな」 「監視組織です。自動演算呪文の研究開発を調査し、暴走の恐れはないか調べます。もし不審な点があれば抑制、さらには阻止します。立場としては帝王直属になります」 「エランデューア様は知っていたのですか」 「ええ、相談され、協力すると約しました。研究開発はここだけではなく他家でも行っています。魔王のような暴走は事前に制しなければなりません。それが責任というものです」  クロウは軽く、とん、と卓を叩く。 「お待ちください。われらも加わると決めておられるのですか」  大魔法使いは笑った。 「加わらないのですか」  首を振った。トリーンもだった。 「やる、やらせてくれ」  重大な決断ほど考える時間はないものだ。いや、この問題についてはすでにたっぷりと考えた。 「わたしもやります。でも、この四人だけ?」  トリーンは大魔法使いと所長を見た。紋有りは紋無しを道具としか思ってない。だから話を進めてから了解を取る。断られるなんて考えてない。でも、いつかはっきりさせよう。これは斬り捨てなきゃならない考え方だ。 「そうですよ。それで十分です。むやみに人を増やすと政治が必要になります。この四人でいいのです」 「だれがなにをやる?」 「トリーン以外は調査から抑制における実力行使まですべてを行います。トリーンは超越能力で補佐してください」 「実力行使? おだやかじゃないな」 「だからこそ帝王直属なのです。また、他国にも同様の組織ができますので協力体制を取ります。外国出張もあると思っていてください」 「なにからやるの?」 「まずはここです。この通信技術開発研究所を調べ上げます。今回に限りエランデューア様とトリーンは外れてください。十日以内に第一報を奏上します。済みませんが休みなしです」  クロウは苦笑いする。 「二度と魔王大戦を繰り返さず、平穏を保つ、とは言え、休みなしはきついな」 「それがお望みなのでしょう? クロウさんは」 「そうだ。もう理不尽な戦いは無しにしたい」  大魔法使いはうなずいた。 「わたしは誓います。自動演算呪文の暴走は意図的なものであれ、偶発であれ全力をもって阻止します」  すこし考え、クロウもおなじ誓いを立てた。ニキタ、トリーンも続き、四人で監視組織立ち上げとして柄頭を合わせた。トリーンは短剣を持たないので拳で代用した。  トリーンが茶を飲む。 「名前は?」  三人はトリーンの顔を見た。 「だからぁ、組織の名前は?」  クロウが答える。 「決まってる。トリストゥルムさ」  皆笑ってうなずいた。  笑顔のまま、クロウはトリーンに茶のおかわりを淹れた。ほっとした四人は雑談を始めた。クロウは聞き流しながら、さっきの命名でお話を思い出したんだがと、トリーンの方を向いた。 「大図書館で見つけたんだ」  トリーンは子供の目でクロウを見上げる。 「むかしむかしのおおむかし。人とけものがお話しできて、なかよくいっしょにくらしていたくらいむかしのおはなし。  女神トウィスティスがこの世をみまわすと……」 了
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