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 制服を着るのは今日が最後だ。  桃子は鏡の前に立ち、息を一つ吐いて3年間お世話になった制服に袖を通した。スマホがプルッと揺れる。  桃子が画面をタップすると 『卒業式だね。おめでとー。 愛子』  とメッセージが届いていた。高校は離れてしまったけれど、小学校以来の親友の言葉がじん、とくる。すぐに『ありがとう、愛子も元気でね』と返信を送った。  ふと思い立って、引き出しを開ける。祖父からもらった腕時計はきっちりと時を刻んでいた。祖父は昨年、心筋梗塞で亡くなってしまった。 「苦しんだのは発作の1時間だけ。後は安らかだったでしょう」  という医師の言葉が慰めになった。  今日はピンクの時計はやめて、祖父の形見にしよう。桃子は形見の腕時計を巻いた。自室から庭を眺める。相変わらず松が青々とした葉をつけていた。  桃子は今年の春から県外の看護大学に進学する。進路については何度も親とケンカした。最初は東京のファッション系の学校に進学したかったが、両親は頑として首を縦に振らなかった。  かっとして家を飛び出そうと思った時もあったけれど、今考えれば若さゆえの過ちだったなあと思う。夢を追う職業は、華やかだけれど望みを叶えることができる人間は少ない。それを考えれば看護師は安定した収入だし人の役にも立つ。良い進路選択ができたなと満足した。  高校へ向かおうと玄関の扉に手をかけた時、お母さんが満面の笑顔で「桃ちゃん、卒業おめでとう」とほほ笑んだ。なんだか照れくさい。  桃子も母に言わなければならないことがある。伝えるには、今が最適だ。 「お母さんも、毎日お弁当ありがとう。どれも美味しかったよ」  言えた。 「どういたしまして。桃子、大学に行ったら、ちゃんと自炊するのよ。コンビニ弁当ばかり食べていちゃダメよ」  お母さんが嬉しそうに、でも少しの不安を抱えているように答えた。 「大丈夫。全部自分でできるから」  桃子は勢いよく玄関を開け、将来へ向けての旅路へと漕ぎ出した。
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