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大学生はモラトリアムを満喫していると言われているけれど、医療系に限れば嘘だ。
講義必修、実習絶対。
看護学の講義は9割がた必修科目。追試験はあるけれど、一つでも落とせば留年する。実習は成人、老年、小児、精神、母性と様々な科をぐるぐると回る。欠席はもっての外。祖母が亡くなった時でも、書類上は忌引きができるが、桃子は制度を利用しなかった。
お盆休み、桃子は一度帰省した。仏壇に線香をあげる。親戚のおばちゃんに「すっかり女らしくなったね」
と品評された。確かに解剖学の教科書に書いてあるような、丸みのある肉体に成長したように思う。
風鈴が庭先でちりん、と鳴り、大きな松がそよと揺らいだ。科学に奉仕する者が抱いて良い感情なのかは分からないけれど、祖母が語りかけてくれたように思えた。
4年間で大学を無事卒業した。看護師国家試験を受ける。看護師国家試験の難易度自体は高くない。必勝を祈念して、祖父の形見の腕時計をつけての受験。無事合格して、自宅から通える大きな総合病院へ就職した。
「それなりにいい車、買ってやらないとな」
「止めてよ。先輩よりいい車持ったら、何言われるか分かったもんじゃないわ」
一体どこにそんな財産があったのか、お父さんが大枚をはたいてワゴン車を買ってやろうと言い出したが、桃子は軽でいいと主張した。お父さんは不満そうだったけれど、「そのお金で旅行すればいいじゃない」というお母さんの一声で納得した。
未だに車庫入れが難しい。桃子は産まれた時から庭にある、大きな松を目印にする方法を編み出した。
看護師1年目はとにかく忙しい。患者さんのケアは言うに及ばず、採血、感染対策、薬剤の簡易懸濁の可否、点滴を落とす速度、挙げればきりがないくらい、覚える項目が沢山ある。
先輩に叱責され、人知れず自室で泣いた夜も1度や2度では無かった。
そんなハードな職場でも、患者さんの「ありがとう」、「助かったよ」という言葉で全ての苦労が吹き飛んだ。
学生時代から勝負の時につけていた祖父の時計は革が擦り切れたので修理に出した。
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