25

1/1
前へ
/13ページ
次へ

25

 看護師職も3年をむかえ、桃子は気持ちにゆとりが生まれた。通勤中、車がエンジントラブルに見舞われた。助けてくれたのは、端正な顔立ちの男性だった。偶然にも、彼は桃子と同じ総合病院勤務の理学療法士だった。  桃子の心に何かが芽生えた。  それが恋だということに初めて気づいた。  理学療法士の一成(かずなり)と、勤務の間を縫って遊園地や、キャンプや、夜のレストランに出かけた。 「その時計、綺麗だね」  二人っきり、ホテルのディナーの席で、一成に祖父の形見を褒められた。 「男の人って、時計好きよね」 「僕は君の方が好きだ」 「え」  突然の告白だった。  一成は鞄からきらりと輝くダイヤモンドの指輪を差し出した。  一成との婚約は、桃子の父も母も大賛成してくれた。若くて誠実、給与もいい。庭の松がそよと揺らぐ。お前も賛成してくれるのかい、と桃子は思った。  結婚式は盛大にとり行われた。  二人とも医療職なので、参列者は医療関係が多い。ちょっとした懇親会のようだった。  久しぶりに美香子ちゃんと愛子ちゃんに再会した。親友は銀行と商社へ就職していた。二人とも立派な社会人だ。話題は仕事のことよりも子供の頃の話ばかりであった。  桃子は白無垢を着て、庭の松の前で集合写真を撮った。  たったの一日。  だけど、それは桃子の人生で最高の、忘れられない一日となった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加