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「ママが買ってくる服はダサイ。わたしもう小学校卒業なんだから、好きな服買わせてよ」
恵が頬を膨らませる。一成に似てほっそりとしている。最近化粧にも興味を持ち始めた。桃子はそのままでも十分に美少女なのにと思う。
そういえば桃子も、母が買ってくれた洋服に文句をつけたっけ、と懐かしく思う。
「無駄だよ、恵。母さんタイムセールの安物しか買ってこないんだから」
声変わり後期の道が後ろから会話に割り込んだ。一時期、家じゅうの食器を割ったという反抗期があったが、今では食事作りの手伝いをしてくれる立派な少年に育った。
「恵、それじゃ、週末にパパと買い物に行こうか?」
一成が声をかける。まったく、娘には甘いんだから。
「服、買ってくれるなら行く」
「いいな。オレもゲームとか買って欲しいんだけど」
道が口をはさむ。
「来月のお誕生日まで待ちなさい。そしたら、お母さんが買ってあげるから」
「マジで。母さん、愛してる」
桃子は我が子に「愛してる」と言われて不思議な気持ちになった。もう1年か2年もすれば、道には素敵な彼女ができるだろう。
桃子は衣装戸棚の鏡を見た。42歳のおばさんの顔が映る。看護師業と、子育てに疲れた顔だ。こんな顔に「愛してる」と言ってくれるのは一成か道だけだ。
鏡の端に庭の松が映った。この松だけは、子供の頃と変わらないなと思った。
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