5人が本棚に入れています
本棚に追加
57
父に続き、母が亡くなった。介護施設には入れず、自宅での看取りであった。桃子は看護師なのだ。最期のケアには慣れている。
だが幼いうちからビシバシと桃子を叱咤激励してくれる存在が弱弱しく枯れていく様は見ていてかなり辛かった。
母は父が亡くなった時、人目もはばからず号泣した。そんな最愛の人の元に行くならば、もう寂しい思いはしなくてもいいかな、とドライアイスで保存された遺体に語りかける。
「母さん、オレ、火葬許可証とか手伝うよ」
すっかり成人して、大手時計メーカーに勤めた道が寄り添った。もう身長も体重も桃子を超えた。我が子に抱かれる日が来るとは思ってもいなかった。
「私も会社に忌引きを出したし、プラス上司に有給申請したから、できるだけお父さんとお母さんをサポートするわ」
少し前までは生意気なばかりだと思っていた恵も、今は一児の母だ。初めて孫を抱いた時は、恵を産んだときの記憶が鮮明に思い出された。
通夜の席、久しぶりに一家が揃う。
「何だかんだあったけど、ウチ、結構幸せだったんだなと思う」
寿司をつまみながら、恵がしみじみと思いを言葉にした。恵は医療事務として、一成や桃子と同じ病院に勤務している。
「分かる。むちゃくちゃ贅沢って訳じゃないけど、ちゃんと学校通わせてもらったし、欲しいものも大体買ってくれたしな。何より、夫婦喧嘩とか、家庭内暴力とか、家族がバラバラになるようなことはオレの反抗期以外無かった」
道がガリを箸でつつきながら応じた。
「母さん、その時計、ずいぶんと痛んだな」
道が桃子の腕時計に手を触れた。
「私のおじいちゃんの形見だからね。もう寿命かも」
「いや、この時計は生きる」
道が断言した。
「オレが修理してやるよ」
最初のコメントを投稿しよう!