【六】SIDE:十朱

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【六】SIDE:十朱

 その後、俺の両親はそれぞれ退院した。  ホッと安堵し、どちらも手術も成功した上、術後も安定していると聞き、肩から力が抜けてしまった。また、本当に操が提案してくれた通りの事態となり、月芝亭は三茶グループとの、その中でも平楽屋との提携をする事になり、資金を得た。 「おい、操」  本日は、平楽屋の二階の会議室で、新企画の打ち合わせ中だ。  両親がどちらも復帰した事もあり、月芝亭は今は主に両親が元の通りに経営している。日中は、俺が手伝っているし、レジの扱いもだいぶ得意になった。その為、俺は今年の年末に向けての、コラボ企画の準備に割く時間が多い。  今も打ち合わせ中だというのに、白いテーブルに上半身を預けて、操が退屈そうに――眠そうにしていた為、思わずひきつった顔で笑ってしまった。 「いいんじゃないの? 僕には、分からないよ」 「お前の企画だろうが!」 「僕としては、それより今すぐにでも、十朱くんを食べたいんですが」 「な」 「――それもあるし、おなかもすいてきたから、ちょっとそろそろ会議は終わろ? 働きすぎも良くないよ」  相変わらず、SEXをする時以外は、操は俺を『十朱くん』と呼ぶ。  だが、逆に覚えた。体を重ねる時だけ、操は俺を呼び捨てにする。  当初は、登藤同様、操に体を売るという状況なのかとも悩んだ事もあった。だが、違うと断言できるのは、操が俺に、惜しみなく愛情を注いでくれるからだ。俺は、俺の方が操を好きな自信しかなかったのだが、毎日愛を囁かれる内、今では相思相愛である事を疑っていない。 「十朱くんが欲しいよー!」  声を上げた操を見て俺は苦笑した。最近は会議が忙しい事もあって、この会議室の隣の隣の2DKの部屋に、操は寝泊まりしている。月芝亭の母屋には両親が戻ってきたから、俺も体を重ねる日は特に、こちらで過ごさせてもらっている。 「平楽屋の蕎麦は、三七のお蕎麦でつなぎアリアリですが、僕の愛情は十割だからね!」 「……あのな、操」 「何?」 「三七や二八の小麦入りの蕎麦にも良い所は沢山ある。それを前提に言うが――」 「うん?」 「俺は、最初から十割だ。操に最初に惚れたのは俺だ」  断言してから、気恥ずかしくなって、俺は顔を背けて会議室を出た。勝手に向かった先は、操の寝泊まりしている部屋だ。慌てたようにガタリと立ち上がり、操がついてきて、後ろから俺に抱き着いた。 「もっと言って。ねぇ、十朱くん。おかわり!」 「好きだ」 「もっともっと」 「わんこそばじゃないんだから……」 「十朱くんの好きなら、何杯でも食べられます」  そんなやり取りをした後、俺はキッチンに立った。そして、冷蔵庫に入れてあった、十割蕎麦を取りだしながら、湯を沸かす準備をする。操は小腹がすいたと話す時、大体その後俺の手料理を求めてくるから、率先して動いた結果だ。 「何蕎麦にするの?」 「何が良い?」 「かけ蕎麦かざるそば。それが、一番味わえるんだって僕は気づいたよ。十朱くんのそのまんまの味、それが僕は大好きだから」 「じゃあ、かけ蕎麦にする」 「――何で冷凍庫開けたの?」 「冷凍の鶏のから揚げを買っておいた」 「? え、唐揚げを入れるの? 邪道じゃない?」 「邪道ではない。意外と冷凍食品とも合う」 「ふぅん。あ、でも、確かに鶏の唐揚げのお蕎麦は美味しいかも。そうか、麺にこだわって、具材は安めに大量に、ボリューム……色々な組み合わせが考えられるなぁ」  不真面目に見えて、なんだかんだで、操は真面目だと、俺は気が付いた。  俺は冷蔵庫に張りつけてある、マグネット式のタイマーを見る。いつか、これを操が月芝亭に忘れていかなければ、俺は今頃、この幸せを享受出来てはいないのだろうなと思ってしまう。あれから、もう半年だ。季節は、もうすぐ新蕎麦の時期だ。秋となる。  その後俺達は、完成した唐揚げ蕎麦を手に、リビングへと向かい、黒いローテーブルを挟んで向かい合った。角を挟んで、斜めに座布団の上に腰を下ろす。 「いただきます」 「いただきます」  二人で手を合わせ、冷凍食品の唐揚げをのせた、かけ蕎麦を食べる。  自分で言うのもなんだが、ホッとする味だ。元々、蕎麦店同士で、隣り合った偶然からの再会が齎した縁でもあるなと想いながら、俺は操の横顔を見る。 「どうだ?」 「うん。十朱くんの手にかかると、何でも美味しくなるから、ここに一つのキセキが生まれた気分。めちゃめちゃに美味いよ」 「そうか。良かった。これが――十割の力だ」 「十割蕎麦、確かにすごいね」 「違う、さっきも言っただろう。愛情だ。愛情十割」 「っ、十朱くん。ごめん、多分今夜も、僕は君を抱き潰すよ。好きすぎる。僕の愛情は、体で感じてもらえる?」 「……明日も朝から企画会議だからな? 葵くんに迷惑をかけるなよ?」 「葵なら大丈夫。今頃チャーシューを縛ってると思うよ」 「? 回転寿司以外の代表にもなったのか?」 「まぁ、そんなところかな」  俺達はそんなやりとりをしながら、蕎麦を食べた。幸せなひと時だった。  そしてそのひと時は、ずっと続いていく。麺は噛めば切れるが、俺達の縁が切れる事はその後も無かった。以後、コラボ企画の成功や、提携の締結など色々な事がある日々を送りつつ、俺と操の間には、変わらぬ愛が結ばれていたのだった。  ―― 終 ――
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