雨と喫茶店

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 朝6時、目が覚めると雨が降っていた。  いつもなら、しぶしぶベッドから這い出て身支度をするのだが、今日はなにもやる気が起きなかった。 鉛色の天井を見上げ、考える。だんだんと雨の音が激しくなっていく。  「よし、今日は休もう。」  そうと決まれば、上司に連絡をしなければ。枕もとのスマホを手に取り、メールを打つ。理由は体調不良とでもしておけばいいだろう。  メールを送信し、再び天井を見上げる。  さて、今日は一日何をして過ごそうか。家でゆったりと映画でも見ようか、最近買った本を読むのもいいかもしれない。それとも、外に出て普段はいかないような店に行ってみたり、平日の昼間からビールを飲むなんてのもいいかもしれない。先ほどまでのやる気のなさはどうしたのか、次々と案が浮かんでくる。だが、まだ朝の7時前。どこもやってはいないだろう。  ふと、いつも通勤途中に見かける1軒の喫茶店を思い出す。昔ながらの喫茶店という雰囲気に、いかにもマスターという風貌の男性が開店準備をしていたので、印象に残っている。気にはなっていたが、時間が合わずなかなか行けていなかった。せっかくの機会なので、行ってみるのもいいかもしれない。  早速、身支度を整え、傘をさして家を出る。周りを見るといつも見かけるサラリーマンや高校生たちが、いつものように駅に向かって歩いていく。その流れから少し外れ喫茶店に向かう。そのことに少し背徳感を抱きながらも、高揚している自分がいるのを感じる。今ならこの勢いで、会社も辞められるかもしれない。そんな冗談を考えているうちに、目的地に到着した。  レンガ造りの外見に、ステンドグラスのあしらわれた窓。扉上部には小さな鈴が取り付けられ、開けるとチリンチリンと懐かしい音がした。  「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ。」  マスターの静かな声が響く。  まだ開店して間もない時間だからか、客は自分だけだ。一番奥のカウンター席に座り、モーニングセットを注文する。  カチャカチャと食器のあたる音、コポコポとお湯の沸く音、トントンと食材を切る音、そして遠くから聞こえる雨の音を聞き、注文した料理が来るのを待ちながら考える。  (朝をこんなにゆっくりと過ごしたのはいつ以来だろうか。朝食を摂るのも久しぶりな気がする。いつ以来食べていないだろうか。)  「お待たせしました。ご注文のモーニングセットです。」  マスターの声で思考が中断される。出てきた料理を口に運ぶ。久しく味わっていなかった感覚に身体が驚いている。たまにはこんな平日も悪くない。雨が降ったらまた来ようかと考える。そうなると、次はいつ来られるだろうか。月に1回は来たい。そんなことを考えているうちに、あっという間に食べ終わってしまっていた。  食べ終わってから長居するのも悪いので、 「また、来ます。」 と会計をして店をでると、もう人通りはなくなっていた。  雨はまだ降り続けている。  この後は何をしようか。まだ、今日は始まったばかりだ。とりあえず、遠回りでもして帰ってみようかと思いながら、歩き出した。
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