鈍色の亡霊

第一章 さくらは高嶺の花

　穏やかな海を囲うようにそびえ立っている山々が、うっすらとピンク色に染まり始めた。風はまだ冷たく、しかし陽光は力を帯びていき、確実に季節が移り変わっていることを報(しら)せていた。
　そんな春の、何気ない日常を前(まえ)田(だ)さくらは過ごしていた。
　とは言っても、浮いた話は彼女には全くなく、ただ、家と職場である会社を行き来する日々である。彼女はそのような日々に全く不満もなければ、希望も持ち合わせてはいなかった。
「おはようございます」
　パンツスーツに身を包んださくらは、いつものようにオフィスに入るとハッキリした声で中にいた同僚たちに挨拶をする。そうしてまっすぐに自分の席につくのだった。
　毎朝の出勤風景にも関わらず、さくらは男性社員たちの視線を独り占めする。そんなさくらの登場に、女性社員たちはいい顔をせず、ひそひそと壁際で何やら話していた。その視線は時折、自分の席で仕事の準備に取りかかっているさくらへと向けられている。
　さくらはそんな視線を感じながら、
（くだらない……）
　心の中でそう呟(つぶや)くと、こっそりため息をこぼすのだった。
　さくらが行うのは、新商品開発のための企画だった。