第一章 さくらは高嶺の花

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 二人の通話の空気が一気に重くなった。  さくらは久しぶりに聞いた『(だい)(すけ)』と言う名に、胸の痛みを少し感じていた。 『今度、合コンとかじゃなくお茶でもしよう!』  場の空気を変えるかのように、菜月は明るい声で提案した。菜月のその思いやりに、さくらは救われる。それから少し(ほお)を緩めながら、 「そうだね。お茶、しよう」  さくらの声音が少し明るくなったのを感じたのか、菜月もホッとしたような声音で、 『じゃあ、また連絡する』  そう言って、通話を切った。  通話の切れたスマートフォンをパンツスーツのポケットにしまい、さくらは昼食の続きを()り始める。しかしその頭の中は、久しぶりに聞いた名前でいっぱいになっていた。 ((だい)(すけ)くん……)  さくらの心を占めているその名を、さくらも何年ぶりかに心の中で(つぶや)く。しかしその声に答える声は返っては来なかった。  さくらはふるふると左右に頭を振ると、こびりついているその名前を振り払う。 (仕事、集中しないと)  そう自分に言い聞かせ、さくらはなんとか気持ちを切り替えていくのだった。
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