炭坑池の怪魚

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取り合えず、3人に着いて大地は坂道を登って行く。 まだ柔らかい春の陽射し中、大地はすーいすいという感じだったが、電動で無い3人の少年は汗だくになり必死にママチャリを漕いだ。 途中から未舗装の細い脇道に入る。 「此処からは歩きです! 自転車を停めて此処から登ります!」 谷口が言った。 そこはもはや道ではなく、道の脇のただの斜面だった。 「……マジか!?」 「大マジですッ!!」 「おっ、おう……。」 そこからは大地も汗だくになり、斜面を何度も転がり落ちそうになりながら登った。 暫く行くと、5m位のコンクリートの壁があり、その脇の獣道の様な、道とも言えないほぼ崖を登って行く。 登り切った所に、25mプールより少し小さいくらいの溜池があった。 水は深緑に濁って底どころか、水面下30cmも見えていない。 コンクリートの壁は、この溜池を堰き止めている側面だった。 山の間の小さな谷の様な場所をコンクリートの壁で堰き止めて、溜池にしてあるのだ。 コンクリートの壁の上が、両側に柵がある1.5m幅程度の通路に成っていた。丁度堤防のような感じだ。その上を大地達は進む。 廃墟になっている炭鉱は、大地達の居る場所の対岸の奥に在ったが、もう大分木が茂っていて、よく目を凝らすと木々の合間から建物が僅かに見える位だ。 「此処にそんなデカイ魚いんのか? ルアーで釣ったんだろ?」 「はい! 僕らは雷魚かブラックバスだと思ってたんで」 谷口は言う。 「雷魚かブラックバスかぁ? まあ、山の中だけどカエルや虫は居るだろうから、バスやライギョが居ても生きてはいける。蛇なんかだって、大きいのは食べる場合もあるって聞くしな? ——ただ、変な都市伝説みたいなのはなんだ?」 「この地域で、もう何十年も語られてる話です。池の水が何度干上がっても、水が満たされると、また魚影を目撃する人が出てくる……。」 「それ本当に魚か?」 「分からないですが、健斗は確かに何かを掛けました! それまでは、掛けた人さえ居なかったのに! 竿が突然弓なりに曲がって、健斗が宙に舞って、吸い込まれる様に池に落ちたんです!!」 中村健斗。池に引きずり込まれた少年の名前だ。 「でも、ダイバーが潜って何も発見出来なかったんだろ? さっき見たコンクリート塀位の深さはあるとしても、面積は25mプール弱か? ……。まあ、いいや。魚が居れば俺には釣れる!」 そう言うと大地はリュックから何かを出した。 「本当にそれで釣るんですね? 今時見ないですよ? ガングリップって言うんですよね? それ? バスロッドですよね?」 大地が出したのは愛用のロッドだった。 「ああ、そうなの? 知らんけど。ガングリップって言うんだこれ? 俺これしか使えないし。ずっとこれよ?」 大地は短く縮めているロッドを伸ばす。 「しかも、テレスコタイプのパックロッド! 一時期は強度やロッドパワー、テーパーの関係で1ピースが流行ったけど、今は技術が進んで携帯性のある2ピースが主流です! パックロッドは強度も弱いし、ガイドのセッティングの自由度も少ない! テレスコタイプのパックロッドが主流のロッドもあるけど、それは長さが必要な磯竿や鮎用やヘラ用のべ竿です。パックロッドがバス用のルアーロッドで主流になった事なんてない! しかもそのダイワのベイトリール、骨董品じゃないですか! 見た事も無い!! なんでこんなタックルで、釣り大会で優勝しまくれるんだ!!」 谷口は釣りヲタだった。 大地のロッドは、テレスコピックといわれるタイプで、伸ばしたり縮めたり収縮出来るのだ。 グリップはガングリップと言われる物で、ーー両手投げが出来ない、現代主流の7ft前後の長尺ロッドだと手首に負担が掛かる、などの理由で今では全く見ない。一部のオールロッド愛好家が実用では無く、趣味的に所有しているような物だ。 大地はあらゆる釣り大会にこのタックル(ロッドとリール)だけで出て、優勝をかっさらっていた。 「ちょっとぉ、うるさいよ? ちみぃ? これから魚釣るのに。まったく」 大地は全く釣り道具に詳しく無かった。 「……あ、すいません。ちょっと、テンションが上がっちゃって……。」 「これは、特別なロッドなんだよ。古くても気にってんだ」 「大事なロッドなんですね!」 谷口はしみじみと言ったが 「まあなぁ♪」 と大地は鼻歌でも歌う様に軽く返し、ルアーを付け出す。 「あのそのルアーは? まさか……。」 「え? 100均の。良く釣れんだこれが♪」 大地が付けているルアーは、100均のミノー(小魚タイプルアー)だった。 何十年も前のタックル(釣り道具)に100均のルアー。しかもロッドやリールは古いだけでなく、多分入門用レベルの物だろう。 しかも、ラインも強くて細いPEではなく、太いし強度も劣るナイロンだ。ナイロンがPEより優れてるのは、収縮性や岩などへのスレくらいだ。まあガイドがSICでなくハードだろうから、それでか? こんなんで、釣道具に何十万も金を注ぎ込んでる奴らに余裕で勝ってるなんて、どんな釣り方をすんるんだ!?  谷口の好奇心は、もはや限界突破寸前であった。 「よし、やるか?」 大地はひょいとルアーを投げた。 ルアーは池の真ん中辺りに、ぽちゃんと落ちる。 あれ? 意外に普通——。 谷口は少し拍子抜けする。 だが、きっとルアーを操るアクションがーー!? 大地はリールを巻いて行く。 特にアクションも付けず、所謂タダ巻き。 タダ巻きとは、本当にただリールを巻くだけの巻き方だ。特にテクニックも無い。 どういう事だ??  古いロッドに100均ルアーだから、それらの不利をすべて技術でカバーしてると思ったのに、技術もいたって普通? 谷口は困惑した。 だが—— 「きたっ!!」 大地が叫ぶ。 突如、大地のロッドが大きくしなる。 ロッドがグン! と曲がり、円を描きそうだ。 おお——ッ!!? とギャラリーから声が上がる! 「正体を見た事が無いだけじゃなく、健斗以外は掛けた事も無い炭坑池の怪魚がファーストショットで喰らい付くなんてっ!!?」 谷口は両方の拳を握りしめ言う。もはや発狂寸前であった!! 如何に釣りのプロでも、ルアーを投げて1投目でヒットなんて中々あり得ない。魚の居るポイント、ルアーのアクション、そして魚の気持ち(活性)、これらが合わさって初めて魚が釣れるからだ。 「おーし! おしおしッ!!」 大地はリールを巻いて行く。 どんどんラインは手元に寄って来る。 水中の流木や根掛かりなんかじゃ無い。水面下のライの先に付いてる何かは、確かに左右にもがくように動いている。生きている! 「おりゃ—っ!!」 大地は思いっきりロッドを振り上げると 「うわああああああ————————————っ!!!!!!!」 ドン! と通路の上に落ちたのは 「健斗っ!!!!!!!」 行方不明の健斗だった。 そして更に、もひとつドン! と何かが、大地の上に落ちて来た。 そして、大地に襲い掛かる!?? 「なんだコイツッ!!」 大地が自分の顔にしがみ付く何かを引っぺがして、首根っこを持つ。 —————————————————————————ッ!? 皆んなそれがなんだか分からず固まる!??? 「大サンショウウオ??」 大地がそう言うが、多分違う。 大地は考える!? 「なんだこいつ? うーん? 確かにパーツ的には大サンショウウオと同じだけど、寸法がおかしい? 色も白い。どちらかというと、ウーパールーパーを1m位にしてから、上下から押しつぶして30cm位にした感じ? 寸詰まりの巨大ウーパールーパー????!」 大地はそいつを、通路に置いた。 すると ———にっ、二足歩行ッ!!!!????? 立った。 皆驚愕した。 そして「ぐえ〜ぐえ〜」と変な生き物は、轢かれたカエルの様な変な何とも間抜けな声で鳴いた。 「……鳴くのか!? これが、怪魚の正体か!? もはや、魚じゃないが……。」 「俺を引きずり込んだのは、そつじゃない! そいつは多分俺を守ってくれてた!! もっとデカイのがいる!!」 助け出された健斗が言った。 「ほう。じゃあ、そいつを釣るまでだ」 「まだ、やるんですかっ!」 「え? だって、まだ怪魚釣り上げてないだろ? 怪魚釣って欲しいんだろ?」と大地はまたミノーを投げる。 「いやでも、今釣り上げて直ぐに喰いますか? ポイントだって今ので荒れちゃったし……。」 だが直ぐにまた、大地のラインが水中に引かれて、ロッドが大きくしなった! 「来たぜっ!!」 「嘘! もうっ? 百発百中!????? なんなんだ? この人は!??」 普通はあり得ない事だった。 先に言った、ポイント、テクニック、魚の気持ち、だけじゃなく、最初に1匹釣った事で、こんなに狭い池ならポイントが荒れてしまう。魚が警戒してしまうのだ。 しかも、幻以上の怪魚だ。今まで釣られた事は無いとされて、掛けたのは健斗だけ。 それを、簡単にヒットさせてしまう大地のそれは、もはや天才なんてレベルでは無い。神掛かっていた。 「ぐおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」 大地がリールを巻きながら、大きく背中を反らせる。さっきとは比較にならない引きだ。ロッドが折れないのが不思議な位だが、それでも大地はロッドを高く振り上げる! ——すると!!? 池全体の水がまるで生き物のように大きくせり上がって、大地達の身長を遥かに超えた。池の中の何かが、浮上して来たのだ。 だがソイツは正体を見せる事なく、今度は倍近い速度で水中にまた戻って行った!!? 「ヤバいッ! 皆んな柵にしっかり掴まれっ!!」 大地は叫んだ! 皆んなが柵に捕まった時。 ———————ザッ!  バァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアア—————————————————ン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! まるですり切りいっぱいに満たされた風呂に飛び込み、お湯が溢れるように、池から洪水のように水が溢れ出た。 流れ落ちる水に体を持って行かれない様に、皆んな必死で柵を掴んだ。 流されたら5m下に落下だ! 下手すれば、 ——死! 「———ハァハァ!!?? 皆んな大丈夫かっ!?」 大地が叫ぶ。 「はい! なんとか? 大地は?」 谷口が聞き返す。 「俺は平気だけど、魚には逃げられた?」 大地はミノーを引き千切られたラインを手に持ち言う。 皆んなで池を見ると、池の水が半分位消えていた。 どうみても、今の大波を起こした大きさの魚が、この中に居るとは思えなかった。普通に考えてクジラでも無きゃ、あんな波は起きないだろう。 「まだこの中に、居るのかな? あれ……?」 谷口の口を突いて思わずそう言葉が出る。 「でも谷口、此処からどこに逃げるんだ? 地下に大きなトンネルでもあんのか?」 「そんなの無いよ? 僕は見た事ないけど、この池が干上がったのを見たって人は何人か知ってる。うちの祖父ちゃんもその1人だけど、トンネルの話なんて聞いた事ない」 「——もう居ないわよ?」 突然、後ろから声がした。 それは自分達と同じ位の少女だった。 髪が長くて、気が強そうなキリッとした目をしていた。 少女は、突然の登場に驚いている大地達を尻目に、スマホの画面を見ながら勝手に話を続ける。 「もうDファインダーに何も映ってない無いわ? どっかに逃げたのね? 逃げるなんて……。」 少女は池の中に浮いている何かを手繰り寄せていた。それは紐の付いたピンポン球位の球体だった。 「釣りのウキ?」と谷口がそれを見て言うが、少女はそれがなんであるかは答えなかった。 「あんた達が居なくなってから、やろうと思ってたんだけど、ビックリしたわ? まさか、2回も釣るなんて。あんた平大地でしょ?」 少女は言った。 「?」 「大地の友達?」と聞く谷口に 大地は 違う! とブンブンと首を横に振った。 「友達じゃ無いわよ。まあ、有名だからね。顔と名前位は知ってるわ。所で、そいつ渡して?」 「そいつ?」 「ダゴン。その足元に居るチビ。なんで釣り上げられたのに、消えないのかしら?」 大地は足元を見ると、さっきの奇妙な生き物が足にしがみついて居た。 「コイツをどうすんだ?」 「処分すんのよ?」 「はっ!? 分かった! お前、外来魚だからって殺してる奴らか!? 池の水抜いたりして、皆殺しにすんだろ!! 勝手に人間が持ち込んだ癖に何言ってんだ!? ゴン太は渡さねえ!!」 「はっ? ゴンタ?」 「コイツ、ダゴンて言うんだろ? だから、ゴン太だ! ——じゃあな! ペチャパイ!! 巨乳になったら会おうぜ! お前らもじゃーな!!」 大地は谷口達に適当に別れを告げ、ロッドとリュックを回収すると、謎の生物を持って逃げて行った。 「あっ大地! ありがとー!!!」 谷口は良く分からぬまま、取り合えず手を振って大地を見送った。 「なんなのアイツ! まあ、誰だか分かってるから良いわ! ——それにしても、今のはもしかして……。アイツ……!?」 謎の少女は腕組みして、そう呟いた。
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