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円刃津町は元は炭鉱の町だった。
時代の流れの中で、鉱山は廃止されて、廃墟のようになってもう数十年が経つ。
その炭鉱内には溜池があった。
25mプール位しかない小さな池だが、深さは最深部は5m近くあると言われた。元々は炭坑内に溢れる大量の地下水を掘削の妨げになるからと汲み上げて溜めて置く場所だった。
だから正式名前など無いので、子供達は代々炭坑池と呼んでいた。
廃坑になってからは、地下水の汲み上げも無くなり、他の川や山からの水の流入も無いので干ばつの年などは炭坑池は枯れてしまったりもした。
だから、魚はおろかザリガニも居ない。
——筈なのに
いつの頃から、町の子供達の間に池に巨大魚がいるという噂が経つようになった。
廃坑探検に行った子供達が、巨大な魚影を見たのだという。
大人たちは誰かが、ブラックバスや雷魚などの外来魚を放してしまったのだろうと思ったが、別に他の魚もおらず、どこかに池の水が出る事も無いので、じきに干ばつが来れば死んでしまうだろうと思っていた。
むしろ危惧したのは、生態系より、釣りに行く子供の事故の心配だった。
だから、絶対に炭坑池に釣りに行くなよ? と家庭や学校で口を酸っぱくして子供達に言った。
それでも、子供達はこっそり釣りに行ったが、謎の魚が釣れる事は無かった。
釣り好きの物好きな大人も釣りに行ったが、やはり誰も釣る事は出来なかった。ただ、釣りに行った中にも、何人かは魚影を見ていた。釣りを長くしていて、魚に見慣れた釣り人も魚であると言っているので、正体は分からないが確かに魚ではあるのだろう。
ある年、梅雨が殆どなく雨が降らない日が続き、炭坑池の水は完全に干上がってしまった。
子供達は巨大魚の死体がある筈と見に行ったが、池の底には巨大魚はおろか、小魚の死骸1つ無かった。朽ちた流木が折り重なっているだけであった。
暫くして、大きな台風が来て雨が何日か続き、誰知らぬ間にまた炭坑池に水が満たされていた。すると、また炭坑池で巨大魚の魚影を見たという噂が聞かれるようになった。
正体不明、まったく釣れない怪魚であった。
そんな事が、もう何十年にも渡り、円刃津町では繰り返されていた。
この炭坑池に地元の子供達が、親に黙ってこっそり釣りに行ったのが、一週間前だった。
その時に、1人の少年の竿に何かが掛かった。
大物だった。
多分、噂を聞く中では、この池での初ヒットだった。
皆んな喜んだのも束の間、物凄い勢いでラインが走ったかと思うと、ポンと少年は宙に浮き、そのまま池に引きずり込まれた……。
そして、そのまま濁った池の中に消えた。
急いで帰って来た子供達に言われて、捜索隊が組まれてダイバーも潜ったが発見出来きなかった。
池の水を抜くという案も出たが、廃坑までの道が数年前に崖崩れで埋まっていて、車が入れずに簡単には行きそうも無かった。捜索活動は暗礁に乗り上げてしまった。
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