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夕方になると、雨は一層激しい降りになった。スマホで天気予報を確認したところ、このままだと警報級の大雨になるらしい。
舞衣ちゃんのスマホが電話の着信を知らせる。彼女の母親からだった。
「はい。……うん。今、お姉ちゃんのとこ。あ、お母さんの言ってた荷物は、受け取ったよ」
無意識になのか、そうではないのか。舞衣ちゃんは人前では母親のことを「ママ」と呼び、本人の前では「お母さん」と呼んでいる。前々から気付いてはいたけれど、これも踏み込んで聞くことはしていない。
「そうなんだ……うん、分かった。大丈夫。お母さんも気を付けてね」
舞衣ちゃんは暗い表情で電話を切った。
「何かあったの?」
「うん。ママね、今日帰り遅いんだって。それで、もしかしたら、大雨で電車が止まるかもだから、そしたら帰れなくなる、って」
「ああ、そうか……」
その可能性はあるだろう。夜遅い時間に、交通機関なしでこの天気の中を帰るのは危険だ。でも、そうしたら、舞衣ちゃんは夜を一人で過ごすことになってしまう。
「じゃあさ、お母さんが帰ってこれなかったら、うちに泊まる?」
そう提案してみると、舞衣ちゃんは遠慮がちに「え、でも、ママは家にいなさいって……」と口ごもる。
「災害が起こるかもしれないから、子ども一人で家にいる方が危ないよ。舞衣ちゃんの部屋はすぐそこなんだから、行き来も簡単だしね。取りあえず必要なものだけ持ってきて、夜はこっちで過ごしたら?」
それを聞いた彼女は、生真面目な顔で頷いた。
「分かった。ママに電話してみる」
そうして私は、舞衣ちゃんの母親と電話で話して、何度もお礼と謝罪の言葉を受けながら、外泊の了承を得た。
通話を終えると、舞衣ちゃんは楽しそうな声で、
「私、お泊まりするの初めて!」
そう言って笑った。そんなイベント的な事態ではないんだけど、まあ、いいか。
「ねえねえ、外に出てみない?」
舞衣ちゃんは、雨が降りしきる窓の外を指差して、軽い口調で私を誘う。
「出ても何にも楽しくないと思うよ? 危ないし」
「ベランダにちょっと出るだけだから。ね?」
私は窓ガラス越しに大雨の景色を見つめた。風はないし、数分程度なら大丈夫だろうか。我がマンションのベランダは奥行きがあるので、柵に近付かなければ濡れなさそうだ。
「じゃあ、少しだけね」
何より、彼女の母親がさせないであろう経験をさせたいという謎の対抗心が、私の中に湧いていた。
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