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1 都市伝説
「雨ふり少女の伝説?」
城木良幸は顔を顰めながら聞き返した。
「ああ。この場所ではたまにあるらしい。どこからともなく『あめふり』の歌が聴こえてくることが。女の子の声でね。それも、地の底から響くような、恐ろしげな声だそうだ」
同僚の丘野達夫が応える。2人は神奈川県警港西署の刑事だ。
「あめあめ ふれふれ かあさんが……っていうあれか?」
城木は辺りを見まわしながら更に訊いた。
昔、横浜を横断するJRの貨物路線があった。もう何十年も前に廃止となったが、その線路が未だに一部残っており、更にこの先には貨物を降ろしていた駅――西倉庫前という飾り気のない名前だ――がある。また、貨物をいったん保管する役割だった倉庫のいくつかも、朽ちかけた状態で残っていた。
駅にしても倉庫にしても、寂れて崩れそうな姿はもの悲しく感じられる。夜間の今、暗闇に包まれる様は不気味でもあった。
「そうそう……」面白がっているのか、声を潜める丘野。「歌が聴こえてくると、その後雨が降り始めるんだそうだ。なぜか、聴こえる範囲だけ。で、雨を避けようと走り出すと、倉庫の辺りから少女が現れて手招きするんだ。それに誘われて行った者はどこかに忽然と消えて、行方不明のままだってさ」
「ふっ」と笑って肩をすくめる城木。「都市伝説としてはインパクトが弱いな」
「おまえは相手が幽霊でも、美人なら口説くような奴だからなぁ」苦笑しながら応える丘野。「そもそもここは、半グレや本物のヤクザが取引やハンパ者の処理をするって噂されるような場所だ。たまに行方不明者が出たって不思議じゃない。幽霊のせいじゃなくてもな」
そう、治安の悪い一帯だった。普通に生活している一般市民は滅多に近づかない。廃線後に土地の扱いに困ったJRや市が手をこまねいている間に、悪化の一途を辿ったからだ。
西倉庫前駅跡地に向かうこの路地からは、みなとみらいの輝かしい夜景が見える。しかし、こちらはまともな人間は寄りつかない死んだ土地……対比がもの悲しさを際立たせていた。
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