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それは遥か未来の出来事、世界ではすでにロボットが日常化し、人々と共存していた。その中で、様々なロボットが開発され、人々の役に立っていた。
晋平は高校生。来月から社会人だ。それまで金沢で暮らしていたが、明日から東京で暮らす。就職するまでは、とある博士がお金を出してくれることになっていた。寂しいけれど、晋平には全く関係のない事だ。なぜならば、晋平の両親はすでに10年以上前に交通事故で死んだからだ。
それから晋平の家には、母親ロボットが住むようになった。名前は愛で、就職するまで晋平の世話をするのが役目だ。そんな愛だが、独り立ちをすると、晋平との記憶は忘れ去られてしまうという。だが、独り立ちはしなければならない事。いつかは忘れなければならないのだ。
「ただいまー」
晋平はマンションの部屋に帰ってきた。生まれた時からここに住んでいる。だけど、明日から誰もいなくなる。晋平も、愛も。
「あら、おかえり」
愛はいつものように出迎えた。だが、それも明日までだ。少し悲しいけれど、ここまで成長してくれた晋平に感謝しなければならない。
「こうして出迎えるのも今日までだね」
「うん」
晋平は感慨深い表情だ。両親を失った僕を、ここまで面倒を見てくれた愛にありがとうと言いたいな。
「今までありがとう。明日、僕は東京に行くよ」
「ここまで成長してくれた事、天国のお父さんとお母さんも喜んでいると思うよ」
愛は空を見上げた。天国から晋平の両親はその様子を見ているんだろうか? 晋平が独り立ちして、東京に向かうのを喜んでいるんだろうか?
「本当?」
「もちろんよ。東京の企業に就職するまで成長してくれたんだもん」
愛はここまで成長してくれた嬉しい気持ちでいっぱいだ。そして晋平との記憶も消えてしまう。そう思うと、少し寂しくなる。
「まだまだ早いよ。就職して一人前になるまで成長するのが目標だもん」
だが、独り立ちはまだまだで、就職して一人前になってこそ独り立ちだと思っている。
「うーん、そうだね」
「晋平君に会った時の事、今も昨日のように覚えているわ」
愛は晋平と出会った時の事を思い出した。今でも昨日のように覚えている。
それは、晋平が両親を失った1週間後の事だ。晋平はマンションで泣いていた。少し前まで、この部屋には両親がいた。だけど、もういない。突然、両親を失ってしまった。どうしてこんな事になったんだろう。神様はどうしてこんなむごい事をするんだろう。とても寂しい。
「お父さん・・・、お母さん・・・」
そこに、1人の女性型ロボットがやって来た。母親ロボットの愛だ。今度、晋平の世話をするように頼まれ、ここにやって来た。晋平には全く会った事がないが、開発した博士からどんな子供なのかは知っている。
「大丈夫?」
晋平は顔を上げた。そこには女性がいる。だが、母親ではない。
「あなたは?」
「今日からあなたの世話をする事になった母親ロボット。愛って言ってね」
晋平は驚いた。母親ロボットもいるのか。こんなロボットもあるんだな。
「愛・・・、さん・・・」
「お母さんでいいわよ」
愛は笑みを浮かべた。とてもロボットは思えない。人間のようだ。
「うーん・・・」
晋平は戸惑っている。母じゃないのに、母と思っていいんだろうか? 目の前にいるのは人間じゃなくてロボットだ。
「大丈夫、今日から私があなたのお母さんなのよ」
愛は晋平の頭を撫でた。とても優しい。まるで本物の母親のようだ。
「ありがとう・・・」
晋平は愛を抱きしめた。すると、愛も晋平を抱きしめた。
夜、2人は夜空を見ていた。この夜景を見るのも、今夜が最後だ。幾度となく見てきたこの夜景。しっかりと目に留めておこう。
「あの向こうに東京があるんだね」
「うん」
2人が見つめる先には山がある。その先には東京がある。東京では何が待っているんだろう。寂しい事があっても、空を見上げよう。きっと天国から両親が見ているだろう。
「私の役目は明日までだけど、言いたい事ある?」
愛は気になった。今日まで晋平の面倒を見てきて、言いたいことがあるんだろうか? 明日、晋平との記憶が消える。だから、今のうちに聞いておこう。
「あんまりない。ただ、今まで僕の面倒を見てくれて、ありがとう。それだけ」
「そう」
愛は嬉しかった。これまで過ごしてきた日々、後悔はない。嬉しい事も、悲しい事もあったけど、みんないい思い出ばかりだ。これで心置きなく、晋平の事を忘れる事ができる。
翌朝、2人と博士は金沢駅の前にいた。金沢駅の前には多くの人が行き交っている。その中には、観光客の姿もある。愛の横には、愛を作った博士も来ている。晋平の旅立ちを見送りに来たようだ。
「東京でも頑張ってね。私、あなたの心の中で応援するから」
「わかった」
晋平はスマホで時間を見た。もうすぐ東京行きの新幹線が来る時間だ。早くホームに行かないと。
「さようならー」
「さようならー」
晋平が手を振ると、愛と博士も手を振った。晋平は駅舎の中に入った。2人はその様子を見ている。
「はぁ・・・」
愛はため息をついた。もう晋平の姿を生で見る事はできない。そして、記憶も消えてしまう。そう思うと、寂しくなる。今まで一生懸命育ててきたのに、全部消えてしまう。
「行っちゃったんだね」
「うん」
博士は表情を変えた。新しい仕事に向かうために、記憶を消す時間だ。残念だけど、新しい依頼が来ているから、行かなければならない。
「さぁ、行こうか!」
「本当に記憶を消しちゃうの?」
愛は戸惑っている。やっぱり晋平との記憶を消しちゃうんだな。
「うん。だけど、晋平くんの心の中にはずっと残り続けるんだよ」
「そうであってほしいね。これからは晋平くんの心の中で生きるわ」
愛と博士は研究所に向かった。残念だけど、研究所に戻らなければ。十分、母親としての使命を果たした。
2人は研究所にやって来た。研究所は中心部から少し離れた所にある。ここでは日々、様々なロボットの研究をしていて、愛もここで完成した。
ふと、愛は思った。人間は生と死を繰り返し、その度の生まれ変わる。自分が記憶を消されて、新しい母になるのは、まるで死んで生まれ変わる事に似ている。そう思うと、自分はただのロボットだが、人間のようだ。
愛はベッドに寝かされた。これから記憶を消して、新しい子供の元に向かわなければならない。
「記憶スイッチ、オフ!」
その声とともに、愛の機能は停止した。そして、再び愛は目覚めた。だが、その中に晋平の記憶はない。
「今度はこの女の子だ。この女の子は昨日、母親を亡くした。今日からこの子の母親になってほしい。わかったか?」
「はい!」
愛は難なく引き受けた。この日から、愛はまた別の子供の母親ロボットとなった。だが、愛の記憶は、晋平の中に、いつまでも生き続けるだろう。
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