隣の部屋

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 将彦(まさひこ)は今月からこのアパートに住み始めた。将彦は福井県生まれで、大学を卒業してここにやって来た。初めての一人暮らしで、少し不安だけど、それ以上に期待が大きい。  来月からはこの近くの会社に就職だ。最初は慣れないかもしれないけれど、頑張って一人前にならないと。 「来月からいよいよ就職だな」  将彦は窓を開け、景色を見た。だが、目の前のアパートぐらいしか見えない。東京には多くの名所があるのに。気晴らしにそこにも行ってみたいな。 「さてと、仕事頑張らないとな」  将彦は窓を閉め、入り口のドアの鍵をかけ、近くのコンビニに向かった。この近くにはコンビニがある。今日の晩ごはんを買ってこよう。  数十分後、将彦は帰ってきた。右手には晩ごはんの入ったレジ袋がある。だが、アパートの部屋には誰もいない。福井にいた頃は母が迎えに来たのに。寂しいな。でも、早く彼女を作れば、そうではなくなる。早く彼女を作るんだ。  晩ごはんを食べながら、将彦はテレビを見ていた。福井にいた頃も楽しんでいた番組だ。 「ハハハ・・・」  思わず笑ってしまったその時、電話が鳴った。母からだろうか? 将彦は受話器を取った。 「もしもし、将彦?」 「うん」  母だ。将彦はほっとした。悪質なセールスだったらどうしようと思ったが、母の声を聞いてほっとした。 「今月から住み始めたんだけど、居心地いい?」 「うん。いいよ」  将彦は笑みを浮かべている。ここでの生活は上々だ。自慢したいぐらいだ。 「それはよかった。来月から仕事だね。頑張ってね」 「うん」  電話は切れた。将彦はため息をついた。来月から仕事だ。やっていけるのか、不安でいっぱいだ。少し歩いて不安を吹き飛ばそう。  将彦は家の前を歩き出した。夜の路地はとても静かだ。まるで賑やかな大きな通りとは正反対だ。  しばらく歩くと、広い道に出た。広い道を大きなバスや車が通り過ぎていく。何両も連なった通勤電車が高架線を走っている。こんなに長い編成、見た事がない。東京はすごいな。 「いい眺めだなー」  将彦はしばらく、この辺りを散歩する事にした。理由などない。気分転換にだ。夜の東京は、福井と比べ物にならないほど賑やかだ。  しばらく歩いて、将彦はアパートに帰っていた。辺りはすっかり暗くなってしまった。辺りは全く人気がない。とても静かだ。 「さて、もう寝よう」  将彦はもう寝る事にした。来月までこの生活の準備だ。徐々に生活に慣れていこう。  翌日、将彦は物音で目が覚めた。隣は空き室になっているけど、どうしたんだろうか? 入居者だろうか? 「ん? なんか騒がしいな。何だろう」  将彦は廊下に出た。すると、引っ越し業者の人が出入りしている。また入居者だろうか? 「隣に誰かが引っ越したんだろうか?」  と、将彦はある女を見つけた。高校時代の初恋の相手、薫(かおる)だ。高校で知りあったが、卒業とともに別々の大学に行って、離れ離れになってしまった。あれ以来、全く会った事がなかった。 「薫?」  その声に、薫は反応した。振り向くと、将彦がいる。まさか、ここで再び会えるとは。驚かざるを得ない。 「あら、将彦!」 「またここで会えるとは」  薫も今月から東京に引っ越してきた。だが、将彦と同じアパートに住むとは。運命の巡り合わせだろうか? 「僕も予想できなかったよ。薫ちゃんも就職で?」 「うん」  薫も就職で東京にやって来たのか。とても偶然だ。まさか、同じ会社だろうか? 「そっか。まさか再会できるとは」 「私も思ってなかったよ」  と、将彦はある事を考えた。この近くに居酒屋がある。先日行ったんだが、なかなか良かった。両親も誘いたいなと思っていた。 「ねぇ、今夜、飲みに行かない?」 「いいけど」  薫もその話に乗り気だ。ぜひ一緒に飲んで、これまでの事をお互い話したいな。 「また会えたからいいじゃないの」 「そうだね」  薫は少し照れくさそうだ。将彦と定食屋に行った事はあっても、居酒屋に行くのは初めてだ。  その夜、2人は近くの居酒屋にやって来た。居酒屋にはサラリーマンが何人かいる。彼らの中には、酔って顔が赤くなっている人もいる。  2人は居酒屋のカウンター席に座った。目の前には厨房があり、焼鳥が炭火で焼く様子が見える。見ているだけで食べたくなってくる。 「すいません、生中!」 「それじゃあ、私も生中で!」  通りがかった店員に飲み物を注文した。とりあえず最初は生中だ。いつもそう決めている。 「こうして会えるなんて、偶然よね」 「そうだね」  2人は今日あった事を語り合っていた。今日、こうして2人が再会するのは偶然だが、偶然とはいいがたいようだ。 「お待たせしました、生中です」  振り向くと、そこには店員がいる。店員は中ジョッキに入った生ビールを2杯持っている。2人分を一度に持ってきたんだろう。 「ありがとうございます」 「ありがとうございます」  店員はカウンターのテーブルに生中を置いた。2人はそれぞれ1本ずつ、生中を手に取った。 「とりあえず、カンパーイ!」 「カンパーイ!」  2人は乾杯し、生中を口に含んだ。薫は今日の引越の疲れがたまっていた。これから飲んで疲れを取ろう。 「就職らしいけど、まさか、この会社?」  将彦は会社のパンフレットを出した。 「いや、違う会社ね」  だが、薫が就職するのはまた別の会社のようだ。将彦は少しため息をついた。だけど、ここでまた会えただけでも嬉しい。 「同じ会社になるだろうと期待してたのに」 「そうじゃないわよ」  薫は苦笑いを浮かべた。 「高校を卒業してから、どうしてたの?」 「大学に通ってた」  噂は本当だった。だけど、自分とは別の大学だったようだ。 「ふーん。僕もそうだけど、別の大学だね」 「そっか。どんな大学生活だった? 私はとっても楽しかったわ」  薫も楽しい大学生活を送ってきたようだ。ほっとした。大学でとんでもない事に遭っていなかったか、心配だった。 「こっちも楽しかったよ。でも、薫といた高校生活が楽しかったね」 「そっか。あの時のように、また仲よくできたらいいな」  薫は願っていた。あの時のように、また仲よくしよう。そして、いつか一緒になろう。 「そうか。じゃあ、これからそうしようよ」 「うん。そうだね」  高校で一度終わった恋だけど、また恋は始まった。今度はもっと長く続けばいいな。できればずっと続けばいいな。 「また会えてよかったよ」 「これからも仲よくしようね」  2人はまた巡り合えた喜びを共にかみしめた。来月からは就職だ。新しい毎日が始まる。だけど、2人とも頑張って、それぞれの両親に褒めてもらいたいな。
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