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序章02
小瓶をカバンにしまうと、メグルは捕われていた少女に目を向けた。
たったいま目の前で繰り広げられた漫画のような出来事に、少女はぽかんと口を開け、狐につままれたような顔をしている。
メグルはカバンの中から、牛乳瓶の底なみに分厚いレンズが入った黒ぶち眼鏡を取り出して掛けると、再び少女に目を向けた。
少女の頭の上には、ビー玉ほどの水晶玉が八つ浮かんでいる。
どれも、墨を垂らしたように黒く濁った水晶玉――。
「どうにも立派な育成ぶりとは言えませんね。あなたがこの人間界で乗り越えなくてはならない試練はまだ八つもある。にもかかわらず、あなたは十数年あったであろういままでの人生で、何ひとつ試練をクリアしていない……。
まったく、こんな時間に繁華街をうろつくから越界者なんかに拐かされるんです。家出ですか? 親が心配してますよ」
さっきまで狐につままれていた少女は、メグルの言葉に我に返り、眉間にしわを寄せて口を尖らせた。自分よりもはるか歳下に見える子どもに、訳知り顔で説教されたのが腹立たしかったのだ。
「うるさいわね! 知った風な口を聞かないでよ! うちの親は、わたしのことなんか心配しちゃいないわよ。家族バラバラ、みんな好き勝手やってるんだから、放っといてよっ!」
少女のあまりの剣幕に、メグルはたじろぎ肩をすくめた。
「はいはい、放っときますよ。ぼくの仕事は越界者の確保。ただでさえしんどい仕事なのに、家出少女なんかに構ってられるかってんだ……」
ぶつぶつと文句を言いながら、眼鏡を外してカバンにしまう。
「ただひとつ言えるのは、あなたが抱える悩みは試練として、たとえ生まれ変わっても、あなた自身についてまわるのです。自分に与えられた試練とは何か? その解法とは何か? それが人生です。どこへ逃げたって解決なんかしませんよ」
逃げたって解決しない――。
その言葉が胸に突き刺さり、少女はぐっと口をつぐんだ。あの冷えきった家庭から逃げても、胸のもやもやは晴れなかった。むしろ虚しさだけが、募るばかりだった。
しゅんと萎れる少女を横目で見ながら、メグルは続けた。
「ぼくの言ったことが少しでも理解できたのなら、以後、肝に銘じて精進するように……」
ふんっと鼻を鳴らしてそう言ったかと思うと、今度はくつくつと笑いだす。
「……と言ってもまぁ、すぐ忘れることになるんだけどね」
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