04-05

1/1
前へ
/85ページ
次へ

04-05

「あのな、おいらが帰ろうとすると、そこの松の木を剪定(せんてい)してるオヤジがいたんだよ。それがまるでなっちゃいねえのさ。仕方ねぇから、おいらハサミを取り上げてササーッと刈り上げてやったのよ。何を隠そう、江戸の時分は庭師を生業(なりわい)にしてたからよう。  そしたらオヤジ感動してな。おいらの格好を頭のてっぺんからつま先まで見て、よかったらウチの校務員として働かないかね。って言うわけよ。オヤジ、ここの校長だったのさ。  おいらは悩んだよ? でもオヤジがどうしてもって言うからさぁ。上場企業の役員として数千名の社員に()しまれますが、この(まな)()と未来ある子どもたちのために、いまの会社をスッパリと辞めて引き受けましょう! って言ったら、そのオヤジ、ゲラゲラ笑ってな。何がおかしいんだか、よくわからないんだけど……。これは人助けだメグル」  思わず頭を抱え込むメグル (人助けをしたと思っているのは、むしろ校長の方だろう。あのぼろぼろの服を着ていたんじゃ、誰だって無職だと思うはずだ……)  メグルは周囲に人がいないか見まわすと、声を押し殺して怒鳴った。 「お前、気は確かか? この学校には魔鬼がいるんだぞ! 今朝はさっさと帰りたがっていたじゃないか!」  そしてモグラの顔を下からのぞき込み、キッと睨み付けて、とどめを刺す。 「本当はお前、桜子先生が目当てだろっ!」  まるでペンキをかけられたみたいに、モグラの顔が一瞬にして真っ赤に染まる。 「ば、ばか言っちゃいけないよ。お前、あれだよ、それだよ……」  しどろもどろのモグラは、はっと何かに気が付いたように、ぽんっと手を打つと、メグルに耳打ちした。 「作戦だ」 「作戦?」 「そうよ。いいか、魔鬼は昼夜を問わず越界門(えっかいもん)を見張っている。夜の学校にも必ず現れるはずだ。だから校務員なのさ。普通のやつは夜の学校をおおっぴらにうろちょろできねぇ。だが、校務員なら話は別。学校に泊って監視することができるからな」 「なるほど……」  思いも寄らぬモグラの名案にメグルが(うな)った。さらに言えば『モグラの息子』という設定のメグルが、父親と夜の学校に宿直したって不思議じゃない。 「あらぁ、メグルくんのお父さま。まだいらしてたんですのぉ?」  ひそひそと話をするふたりの背中に、とつぜん声がかかった。ふり返れば、桜子先生がふたりを見つめている。  とたんにモグラの垂れた目尻が、ぎゅいんとつり上がった。 「いやぁ、どうもどうも桜子先生。わたくし、校長のたっての希望で、この学校の校務員として働くことになりました!」  それを聞いて、さすがの桜子先生も顔を引きつらせた。 「だ、大丈夫ですの? お仕事の方は……」 「それはもう、前の会社では、辞めてくれるな、行ってくれるなの大合唱でしたが、桜子先生のような立派な教師の方々と、未来ある子どもたちの為の労働に(いそ)しむ幸せに比べれば……」  桜子先生はあごに手を当て、厳しい顔でうつむいてしまった。 「大丈夫ですか、桜子先生。お気分でも……」  心配そうにモグラが駆け寄る。 「あっ、いえ、大丈夫ですわ。前の校務員を……、いえ、前の校務員さんが突然辞めてしまって、代わりがいなかったので助かります……」  桜子先生は、さらに真剣な顔で続けた。 「でも安請け合いなさらない方が……。出ますのよ、ウチの学校!」 「出るって、何がでしょ?」 「お化けですわ!」  モグラが笑った。 「大丈夫ですよ! お化けなんかね、このドリュー様のスクリュードリューパンチで……」  モグラが素人目にも未経験だと見破れる、へなちょこなシャドーボクシングを始めたとたん、校庭に三時限目の始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。 「本当に、やめた方がいいですわ……」  桜子先生が心配そうに言い残し、校舎へ戻っていく。  だらしなく目尻を垂らしながら、うっとりと後ろ姿を見つめるモグラ。 「やさしいな、桜子先生……。おいらの身をあんなに案じてくれるなんて……」 「それはどうかな……」  前髪を指に絡ませながら、メグルも桜子先生の背中を見送った。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加