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05-02
「ま、魔鬼だメグル! 魔鬼が来たんだよぅ」
すでにモグラは目を覚まし、座布団を頭に被って背中を丸め震えていた。
(まだ満月の夜じゃない。が、事前に夜の学校にいる邪魔者を消しに来ることは考えられる……。もしかして、以前に勤めていた校務員も……)
メグルは静かに体を起こし、そっと耳をすませた。
夜の静寂に包まれた校舎に、硬く冷たい足音が響いている。その足音はだんだんと大きく、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
すぐさまメグルは部屋の隅にあるカバンを手に取り、中にある『魔捕瓶』を握りしめ身構えた。が、身構えながらもメグルの頭は混乱していた。
(引き戸が開いた瞬間に『魔捕瓶』で捕らえる? いや、準備不足だ、窓から逃げよう! しかしモグラがうずくまったまま……。
もうだめだ、戦うしかないっ……!)
諦めにも近い覚悟で引き戸を睨んでいたそのとき、その引き戸が勢いよく開いた。
廊下の闇が部屋へと流れ込む。
黒く大きな影が、ずずずと部屋へ入ってくる。
瞬間、突き刺さるような眩しい光が目に飛び込み、メグルはとっさに腕で目を覆った。残る手でカバンの中の『魔捕瓶』の栓を外して呪文を唱える。
「この世に不法に存在するっ……!」
その呪文をさえぎるように、低い声が部屋に響いた。
「失礼」
聞き覚えのある低い声に、メグルは少しずつ腕をずらして声の主を見た。
そこには部屋の灯りのスイッチに手をかけ、ふたりを見下ろしている男の姿があった。
「教頭……先生?」
メグルの言葉に、モグラは座布団からはみ出していた、お尻の震えを止めた。
*
メグルが教頭の前にお茶を出す。
座卓をはさんで向かいに座っているモグラは、まるで銅像のように固まっていた。
モグラが緊張するのも無理はない。夜の訪問者が『魔鬼そのもの』ではなかったにしても、その疑いが一番濃厚な教頭の訪問なのだ。
人気のない夜の学校で、いつ正体を現して襲ってくるか、わかったものではない。
メグルもズボンのポケットに、こっそり『魔捕瓶』を忍ばせていた。
「ずいぶんと早い就寝ですな……」
出されたお茶に目もくれず、教頭は鋭い目つきで、ふたりを見据えながら言った。
メグルは壁に掛かった時計を見上げた。まだ九時前。確かに寝るには早すぎた。
「て、て、転校初日というものは、何かと気苦労が多く、つ、疲れちゃいましてっ!」
ガチガチに緊張したモグラが、素っ頓狂な声を張り上げる。
「でしょうな。しかし、あなたまで転校してくるとは、わたしも予想できなかった……」
教頭の冷たい視線に、モグラは塩をかけられたナメクジのように身を縮めた。そのうしろでポットから急須にお湯を移しているメグルが、こっそり耳打ちする。
「あまり構えすぎるなモグラ。もし教頭が魔鬼だとしても、ぼくらの正体はまだ掴めていないんだ。バレていればさっきやられている。普段どおりにするんだ」
モグラの前にお茶を置きながら、メグルは精一杯、教頭に向かって愛想笑いをしてみせた。しかし教頭はにこりともせず、相変わらず鋭い目つきでふたりを見つめている。
まるでその目は、メグルたちが人間かどうかを、見極めているようだった。
「こちらには栄転された……と伺いましたが、よろしいのかな? 我が校などに勤めていただいて」
「それはもう、そのう、あのう……。よろしいのです」
余裕のないモグラの口から、この学び舎で未来ある子どもたち云々の言葉が出ることはなかった。
教頭はようやくふたりから視線を外すと、湯のみに手をかけ、
「本来なら今日はわたしの順番でね。教員が交代で宿直していたのです。前の校務員が急に辞めてしまったもので……」
と、こくりと一口お茶を飲んだ。
沈黙が訪れる。時を刻む時計の針の音だけが、校務員室に響いている。
(話はもう終わりか。今夜は様子を窺いに来ただけだな……)
いまにも席を立ちそうな雰囲気に、メグルが内心ほっと胸を撫で下ろしていたそのとき、突如、教頭が身を乗り出した。
「知りたいかね? 前の校務員が急に辞めてしまった、理由を……!」
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