01-04

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01-04

 エントランスから続く長い廊下を歩いていると、突き当りに見上げるほど巨大な観音開きのドアが現れた。  ドアプレートには『煉獄長(れんごくちょう)室』と書かれている。  しかしよく見れば『中有(ちゅうう)』という文字の上に紙を貼って『煉獄(れんごく)』と書き換えられていた。 「中有(ちゅうう)より迫力のある『煉獄(れんごく)』という呼び方を広めたのは、じつは煉獄長(れんごくちょう)自身だという噂があったけど、本当みたいだな……」  ドアをノックする。  すると、ぎりぎりと錆びついた音を響かせながら、観音開きの巨大なドアが、ゆっくりとひとりでに開いた。  廊下の明かりが一本の道となって部屋の中へのびる。  そこは吸い込まれそうな深い闇に包まれた空間だった。  男は緊張で高鳴る胸を押さえ、そろそろと部屋に足を踏み入れた。 「失礼します……」  蚊の鳴くような男の声が、暗闇のなかをこだまする。 (ここはずいぶんと広い部屋のようだけど……)  ぐるりと辺りを見渡そうとしたとき、背後で激しい音をたててドアが閉まった。  漆黒の闇が男を包み込む。  すると闇の奥から、年老いた男の返事が聞こえてきた。 「おお……来たか」  しわがれているが優しい声。 『煉獄長(れんごくちょう)』などと威圧感のある呼称を好むあたり、ドスの()いた恐ろしい声を想像していた男は、拍子抜けしてしまった。  しかし姿は見えない。  男が奥へ進もうとすると、再び声が聞こえた。 「そこでよい。まぁ掛けなさい」  暗闇のなか、男は手をのばして辺りを探ってみたが、椅子のようなものは何処(どこ)にもなかった。男を囲むようにして四本の柱が立っているだけだ。  それが巨大な椅子の足だとようやく気付いた男は、柱をよじ登って四畳半ほどの広さがある座面の中央に正座した。座面の四隅に置かれたロウソクに、ぽうぽうと火が灯る。男の姿がぼんやりと朱色の明かりで照らし出されたとき、煉獄長が静かに話を始めた。 「今回のきみの人生についてだが……」  男が緊張しつつ耳を傾ける。 「きみのように人間界へ昇界(しょうかい)して来たばかりの魂は、まず十二個の試練星を持っておる。大抵の者が一回の人生で乗り越えられる試練は二、三個。よって、よくできた魂でも四、五回は転生を繰り返すことになるじゃろう」  ばつが悪そうにくせっ毛頭を()きながら、男はうなづいた。 「それはもちろん、承知しています……」  男の頭に苦い思い出がよみがえる。  それは、ひとつ下の世界『修羅(しゅら)界』をただの一度で卒業し、意気揚々と煉獄へやって来たときのことである。 「ぼくなら人間界も一度でパスさ。『天界』行きも楽勝だね!」  自信満々でそう語る男に、人間界の常連である先輩たちは口々にこう言ったのだ。 「おのぼりさんが笑わせんなよ。人間界はそんなに甘くないぜ」 「長い長い十層界(じっそうかい)の旅も、おれたち凡人にとっちゃ、ここが終着点。地獄界へ帰りたいなら、おれが案内してやるけどな」  確かに、人間界は魔界と真如(しんにょ)界側との境界線。そう簡単には卒業できないか……。  己の考えの甘さに、顔から火が出るほど恥をかいた男は、先輩たちの罵声を浴びつつ、地道にがんばろうと心を改めたのである。 「快挙じゃ」  煉獄長の言葉に男ははっと我に返った。 「ありえぬ話ではない。が、一回の人生で十二個すべての試練を乗り越えた者は……。わしの記憶が確かなら、およそ二五〇〇年ぶりの快挙である」  暗闇が静寂に包まれる。ロウソクの明かりだけが、ちりちりと(かす)かな音を立てて揺れている。  男は煉獄長の言葉を、何度も心の中で繰り返していた。 「…………!」  ようやくその意味を理解できた瞬間、マグマのように心の奥底でくすぶっていた男の野望が、火山の爆発のごとく一気に噴き出した。 (やったあああっ!)飛び上がり、心の中で叫ぶ。 (やはりそうだ。ぼくは普通じゃない!  エリート! それも二五〇〇年に一度の、超エリート!! 『人間界』など、ぼくにはただの通過点。ぼくの住むべき世界は六道(ろくどう)の頂上『天界』!  いや、十層界(じっそうかい)の頂上『真如(しんにょ)界』でさえ、夢ではないかも……) 「……続けて、よいかの?」  突如聞こえた煉獄長の言葉に、男はどきりとした。 (こちらからは暗闇しか見えなくても、煉獄長様には、ロウソクの明かりの中で、さもしくはしゃぐ姿を見られていたはず……)  全身に滝のような冷や汗をかきながら、再び男はその場に正座した。 「超エリートのきみに、(たく)したい使命がある」  男の顔が真っ赤に染まる。 (超エリートだなんて煉獄長様の言葉とは思えない。やはり煉獄長様は、すべてお見通しなのだ……)  必死に落ち着こうと努めた男は、その直後の聞き慣れない言葉に、思いがけず平静を取り戻すことになる。 「管理人じゃ」 39c90c15-4d12-4018-8feb-ee5688ac7ae6
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