第1章:天才ピアニスト現る

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◇◇ 「どうすっかなー」  授業後の合同練習。Hopesは五曲演奏してのち、沈黙を破ったのはスカイの声だった。  はっきりいって今日の蓮の演奏は過去一番ひどかった。Hopesのデビュー曲である「ウィーアーホープス」は何度も弾いているのでなんとかメンバーの演奏についていけたが、それ以外の曲は明らかについていけてなかった。リードボーカルのスカイの声に寄り添う亮介のギター、そして二人を盛り上げる健一のドラム、しかし蓮のキーボードは明らかに一拍遅れて、不協和音を奏でていた。  ただでさえ練習不足で自信がなかったところに、一層、蓮の心を乱す要因があった。それは音楽室の後方でパイプ椅子に座っている姫宮の存在だ。どうしても見学したいらしいと亮介が連れてきたのだが、ただでさえ、演奏がうまくいかないのに、自分のファンだと豪語していた姫宮を意識して、普段以上に緊張してしまったのだ。  しかし姫宮のことがなくても、スカイに認めてもらえる実力ではないことは確かだ。きっと心底、呆れていることだろう。 「新曲のキーボードソロ、打ち込むか」 「いや、譜面書き直す時間はまだある」  亮介とスカイが顔を寄せて、小声で気難しい会話をしているのが聴こえた。蓮は二人の姿を直視することができない。そればかりか、今、目の前の鍵盤から顔を上げることすらできず、当然、姫宮の顔も見ることができずにいる。  姫宮はどんな顔をしてるだろうか、当然、失望の表情だろう。こんなにひどいなんて、とさぞガッカリしているだろう。今日初めて自分のファンがいると知ったのに、その同じ日にかっこ悪い演奏を見せてしまうだなんて、なんという運命の悪戯なのだろう。神様、そりゃないぜ。 「とりあえず新曲はなんとかしないと、だな」 「そうだな」  いまだ続く二人の会話に肩身が狭い気持ちになる。きっと蓮の演奏次第で、新曲が仕上がるはずだったのだろう。蓮が全くついていけなかったせいで、キーボードパートはただの不協和音になっていて、かえって足手纏いになっていた位なのだから。  ここにいたらいけない気がする。脱退の二文字が脳裏によぎる。そもそも、高校を卒業したら実家の喫茶店を継ぐからバンド活動は学生のときだけだと結成当初に伝えてある。それがちょっと早まるだけの話だ。  それに現実問題、文化祭までの二週間で、自分はメンバーに追いつけるだろうか。今まで蓮は家の事情で軽音部を休んでいた。しかし蓮がいなくてもHopesは成立していた。キーボードパートは打ち込んだものを流していたのだ。それなら今度の文化祭もそうすればいいのではないか。ちょっとピアノが引けるくらいの素人が弾くよりもいっそ―― 「姫宮」  亮介が姫宮に向かって声をかける。 「何?」 「お前、蓮の代わりにちょっと弾いてみてくれ」 「えっ」
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