番外編:10年後のふたり

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番外編:10年後のふたり

「すみません、レンズカフェです。コーヒーをお届けしま……」  裏手にあるスタッフ入口のインターフォンで、蓮が名乗り終わる前にガチャッと開錠音がした。毎度のことではあるがバイトの子がデリバリーするときはそういう対応をされないと聞くので、つくづく自分への扱いは十年以上変わらないのだと再認識する。  そもそも蓮のカフェは「俺たちの事務所の近くで店をオープンしろ」と某国民的ロックバンドのボーカルであり、事務所社長の鶴の一声で場所が決まったわけだが、週に三度くらいは出前注文してくれるので、売上の貢献としてはありがたい限りなのだが。  エレベーターで上がると、事務所の扉の前には若い青年が立っていて、蓮と目が合い、にっこりと笑った。 「蓮さん、いつもありがとうございます」 「こちらこそ、いつも受け取りありがとう。蒼くんがいるってことは亮介もいるんだ?」 「はい。中へどうぞ」 「いい、いい。蒼くんには優しいかもしれないけど、俺には優しくないからね、亮介」  そんなことないですよ、と微笑む顔はファンに向ける笑顔と同じで眩しくて輝いている。さすが、元アイドルだけある。 「蓮ー! 早くしろよ、クソが!」  コーヒーのポッドと紙コップ五つを渡したところで、じゃあと頭を下げた途端、部屋の奥から怒号が響く。クソはないだろ、クソはと溜息をつくが、もう十年以上続く主従関係には抗えそうにはない。 「れーん、どうしたの? 中に入らないの?」  奥から、足取り軽く現れたの、あの暴君と最近付き合いだしたという緑川健一だ。卒業して十年以上経過してなお、顔が高校生のときとまったく変わっていない。ただ健一は、当時も今も、自分への態度が変わらない、いわゆる常識人だ。 「亮介もいるんだろ? 今日はやめよくよ」 「えー、でも姫宮くんもいるけど」 「は?」  自分の知っている姫宮は今、ドイツで公演中じゃなかったか。慌てて、健一と蒼と事務所の中に入る。するとそこには応接のソファでくつろぐ、事務所社長金城空也、その横には有名ギタリストの青木亮介、そして同居人でもある姫宮の姿があった。 「蓮ー!」  そして姫宮は蓮の姿を見るなり、立ち上がり、勢いよく蓮に向かってきて抱き着いてくる。予想された行動なので蓮は、すらりと縦に伸びた華奢な身体を受け止める。 「何、おまえ、いつ帰ってきたの?」 「さっき! 連絡できなくてごめんね。急に公演キャンセルがあったから帰ってきちゃった。会いたかったよ、蓮」 「はいはい、わかったから」  姫宮を形容するとすれば、あれだ。長毛の犬、ボルゾイだ。気品があるのに人懐こい。特に、蓮に対しては異常な愛情表現を向けてくる。これも十年以上続いている。  国民的ロックバンドであるHopesは高校の時に結成されたバンドで、かつて蓮もそこにキーボードとしてメンバーの一員だった。高校卒業して実家の喫茶店を継ぐことが決まっていた蓮は高校卒業を機にメンバーから脱退し、無事に喫茶店オーナーとなった。それから時代は流れ、今では3店舗を経営するカフェオーナーになったのだが、その間もHopesのメンバー、もとい同級生たちはカフェを利用してくれて最近オープンした三店舗目はホープスのリーダーであるスカイの強い要望で事務所があるテナントから道を挟んで向かい側に建てられた。当時から蓮には何をしてもいいと思っているのか、スカイと亮介は蓮に対して、かわいがりが過ぎる。日本中に知られたバンドになった彼らが自分に変わらず接してくれるというのは、本音は嬉しいのだがそろそろ大人になってほしい。 「おまえはあいかわらず蓮が好きだな」 「好きだよ、蓮は世界一かっこいいよ!」 「はいはい」  で、さきほどから蓮から離れようとしない、この長身美形な男は姫宮創一。蓮がHopesにいたときからのファンという、蓮に対する愛情をこじらせている男だ。しかし、その正体は日本有数のトップピアニストで一年のほとんどを海外で過ごし、リサイタル公演をしている。日本に帰って来たときは蓮の家に居候という生活をかれこれ十年以上続けている。 「蓮、もう創一を嫁にもらってやれよ」 「俺じゃなくても、いいだろ。ていうか、姫宮はどこぞの令嬢といつでも結婚できるだろ」 「えー、蓮がいい!」 「世界的ピアニストがホモは、まずいだろ」  十年経っても自分への愛情が色褪せないこの男と自分は一つ屋根の下で過ごしているし、抱き着かれることも、時にはキスされることもあるが、その関係は高校の時と変らない。  丸岡蓮と姫宮創一は付き合っていない、ただの同級生なのだ。 続く……!?
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