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9.
今学校に行っていたとしても果たしてまともな授業ができているのか、みきには疑問だった。時折、東京に住む母親から手紙を受け取っているが、どちらかといえば今日一日生きていられたら御の字といった雰囲気だった。とてもまともな学校生活が営まれているとは思えない。
みきはかつての友人達の顔を思い出そうとして、うまくいかないことに少々驚いた。そんなに昔のことではないのに。
みきはあらためて目の前にいる、あきやいのり、結愛の顔を見つめ直した。いずれも美しく可愛らしい顔立ちだったが、そのうるんだ瞳や青白い肌は結核患者特有のものである。儚げで脆い。世間の多くの人は結核患者を見てそう思う。それはある意味では正しい。肉体的なことだけでなく、いつ死ぬかもしれない立ち位置ゆえに、気だるげで物憂げな雰囲気になる患者はこの郎銘館にもいる。
ただ、今のあきから、もっといえばいのりや結愛からも力のみなぎりを感じるのは何故なのか?
まるで彼女達こそ学生そのものではないかと、みきは思うのであった。
「頭を使う?」
「そうよ」
結愛の問いにあきは頷いて言った。
「でも、結愛。その前にちょっと聞きたいんだけど、その覚え書きって具体的にはどれくらいの分量なのかしら?」
「さあ? そこまでは私も。ただそもそも一冊では済んでいないと思います。持ち主のなかにはかなり克明に、この郎銘館で起こったことを日記のように書いていた方もいたみたいですから」
「なるほど。この郎銘館の持ち主は一人ではないものね。歴代のなかには色々な人がいたでしょうね」
みきがそう言うと、あきは顎に手をやって唸ったた。
なんとなく口にパイプでも咥えさせたら似合うんじゃないかと、あきは思った。
「もしかしたら、覚え書きは今もこの郎銘館のどこかにひっそりと隠されているんじゃないかしら?」
いのりが唐突にそう言った。
「何故そう思われるのですか?」
「いい、結愛? 歴代の持ち主のなかには外国人もいたし、当然彼らは英語で記録していったはず。そのなかにはこの国を貶めるような記述や、逆に外国を賛美する記述もあったはず。そんなものを今、持っていたら間違いなく逮捕されるわ。だとしたら人目につかない場所に隠しておくのが、一番いいとは思わない?」
「たとえばこの郎銘館に、ですね?」
「ええ」
確かに今、外国語で書かれた本などというものを迂闊に持ってはいられないだろう。みきには痛いほどよく分かる。
「しかし、ここの院長はどちらかといえば政府よりですよね?」
結愛が聞いた。
「だから、院長にも見つからないようにしたのよ」
あきがパンと手を打った。
またしても淑女らしくない動作だったが、いのりも含めて誰も注意はしない。
「この文章は指令、ある種の暗号じゃないかしら? この郎銘館に隠された覚え書きの場所を示す、ね」
「なるほど。じゃあ藤次郎さんは私達に見つけてほしいと思っているわけですね」
みきが言うと、結愛の顔がぱあっと明るくなり、いのりとあきが微笑んだのが分かった。
「あら? でも、そもそも何故普通に文章で隠し場所を書かなかったのでしょうか?」
結愛が言うと、いのりは声のトーンを少し落とした。
「ひょっとしたら、私達のところへきた手紙を盗み読んでいるのかもしれないわね。ここの院長」
いのりはちらりとみきのほうへ視線をやった。
みきは父や兄のことをほとんど話していない。ただいのりやあきはそれとなく察している風だった。当然、政府やその手先の院長がみきへの手紙を素通りさせることはないだろう。
そしてそれは、結愛に関しても同じだ。この建物が外国文化を強く反映した造りであることや、その持ち主だった男の親戚であることを考えると、結愛への手紙も監視されている可能性が高い。
「それで暗号というわけなんですね」
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