2人が本棚に入れています
本棚に追加
10.
あきはもう一度手紙を結愛から取り上げると、窓から入る陽光に透かした。
「とくに隠された文字はなしと」
「炙り出しというのはどうかしら? 熱にさらすと文字が浮き出るという」
「炙り出しねぇ」
いのりの言葉に、あきは手紙を花に近づけくんくんと鳴らした。まるで子犬のような仕草だったが、あきがやると、下品どころか微笑ましいような可愛いさがあった。
「何かを塗ったような匂いはしないわね。柑橘系の匂いは特に」
「となると、文章そのものに何か意味があるのかもしれませんね」
みきはそう言いながら、文章の意味を心の中で復読した。
龍宮奇譚1頁の体積を求めよ、か。
字体に変わったところはないし、不自然な句読点などもない。
となると……
「いのりさん。その龍宮奇譚という雑誌について、知っていることを教えていただけませんか?」
いのりはその漆黒の宝石のような目を真っ直ぐみきへ向けてから、何かの合図のように頷いた。
「龍宮奇譚というのは、数年前に職業婦人の団体が発行したいわば同人誌だったわ。自分達が社会に出て、どんな体験をしたか、何が役立ったかを連作で記してあるの。薄手の雑なつくりで、表紙も中身も同じようなわら半紙だったわね。確か中身は98頁くらいだった思うわ」
98?
みきの中で何かが引っかかった。
「しかし本全体の体積を求めるんなら分かるけど、1頁の体積って、お風呂にでも沈めろっていうのかしら? それとも面積の書き間違い?」
あきはそう言ったが、ここに患者用の浴室はない。結核患者に湿気は厳禁だからだ。絞った手ぬぐいでの清拭やタライを使って髪を洗ったり、軽い行水を部屋の中ですることが週に2、3回あるだけだった。
「体積の求め方は確か、縦掛ける横掛ける高さでしたよね? でもわら半紙一枚の高さなんて……」
結愛が困ったような、しかめっ面のような顔になった。
最初のコメントを投稿しよう!