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14.
みき達は訓練を受けた斥候ではない。
そもそも体力という点では、一般人よりも劣るのだ。
ただ今の四人には、知恵と力を合わせればできないことはないという一種の高揚感があった。それは決して、文字通りの熱に浮かされているだけではないとみきは思っていた。
この二週間、みきたちはできるだけの準備をしてきた。それは一般人から見たら些細な事なのかもしれない。子供が悪戯で家の中を駆け回ったり、道で珍しい形の小石を持ち帰るのと変わらないという人もいるだろう。だが、みき達は真剣だった。この郎銘館に来てから、初めて真剣になれるものを見つけたのだ。
「まずは確認。糊とへらはあるわね?」
「あります。ここに」
結愛が差し出した缶には本来入っているはずの小物はなく、代わりにご飯粒をふやかして作った即席の糊が入っている。へらはいのりが持っていたペーパーナイフと食事に添えられていたスプーンを一本借用した。
大変だったのは糊の方だ。夕食に出された四人分のご飯をそのまま残すと、身体を拭くのに使ったお湯を沁み込ませた手拭いでくるみ、四人交互に揉んだり、押したりして粘り気を出したのだ。
「下の調子はどう?」
あきがバルコニーにいるいのりに小声で問いかける。深夜なので、声を張り上げなくても十分に伝わる。むしろ周囲の部屋の患者に気づかれないかの方が大事だった。
いのりは手鏡を片手にバルコニーから戻ってきた。
心なしか、足取りは軽やかなものだった。
「明かりがないから詳しくは分からないけど」
いのりはほんの少し息せき切ってから続けた。
「今、下で活動している人の気配はないわ。いつもと同じように、院長もぐっすりと寝込んでいると思う」
この二週間、一階の動きを探るのにも時間を費やしてきた。
基本的に患者は付き添いがなければ一階に降りることはできない。診療室に行くのはよほど病状が悪化した時だけであり、行かずに済めばそれに越したことはないのだ。
みき達は折を見ては、バルコニーに出て手鏡をかざして一階の状況を確認してきた。暑い夏の間は院長室の窓に鍵がかかっておらず、開け放たれていることも確認した。
またドアや壁に耳をつけて他の患者や看護婦達の動きを探ることも怠らなかった。
これはやっておいて本当に良かったと思う。
基本的にみきは同室以外の患者とはほとんど話をしたことがなかったが、彼女達が自分達と同じように同室で内輪の話を楽しんでいるのを知れたのは、なぜか嬉しかった。そして看護婦達が深夜遅くに見回りをして、異変のあった患者にいち早く対応していることも。
「それじゃ、ロープを垂らすわね」
あきはそう言って、手にしたロープ -シーツや毛布を順繰りに結び合わせたもの-の片方をバルコニーの柵に縛り始めた。
月明かりが薄いせいで時計の針は見にくいが、時刻にすれば深夜の2時。
誰も見てはいないとは思っても、どうしても周囲の気配が気になる。だがあきは手早く作業を終わらせると、一旦部屋へと戻った。
「さてと、準備はできたところで。誰が下に行くかっていう問題なんだけど?」
あきの言葉にいのりがきょとんとした表情をみせる。
「どういうこと? それはもう決めたでしょ? 体重を考えると、みきと結愛の二人がいいって」
「そうなんだけどさ、やっぱりロープにつかまる腕力とか考えたら、私のほうがいいんじゃないかって思うのよね」
「そんな。私、大丈夫です」
結愛は抗議の声をあげたが、それに応えたのはみきだった。
「結愛。私も、ここはあきさんに代わってもらったほうがいいと思うわ」
「みきまでそんな!? 私、みんなが思っているほど悪くないわ」
「念のためよ。わかって頂戴」
あきにまっすぐ見つめられた結愛は少しの間その瞳を見つめ返していたが、やがて俯くと、静かに頷いた。
あきはみきを見ると、白い歯をみせて言った。
「準備はいい? いくわよ」
「もちろんですわ」
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