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15.
健康だったときから、野山を駆け回っていたわけではない。力仕事なぞしたことはない。重いものを持つのも、父や兄の仕事だった。ましてや、シーツを縒り合わせたロープに掴まってバルコニーから階下へ降りるなんて。
唇から苦悶の息が漏れそうになるのを必死でこらえながら、ロープを握る手を徐々に下にずらし、少しずつみきは階下へ降りていった。
バルコニーからはいのりと結愛が心配そうに見つめている。帰りは二人にも引っ張り上げてもらうという助けを借りることになるが、降りる時だけは自分の腕力で降りなければならない。
肺にどれだけの負担をかけているのか。
歯を食いしばりながらも最早これ以上は体がもたないと思ったところで、突然みきは足元に芝生の感触を感じた。
「降りられた……」
足元を確認しながら周りを見ると、木々に囲まれた中庭が暗がりにうっすらと浮かび上がる。
「ほら、どいて」
上から小声でそう言ったのはあきだった。
あきはみきがどくのを待たずに、ロープを自分の手に絡ませると一気にすべり降りた。
「あきさん! 手、大丈夫ですか? 摩擦で火傷したのでは?」
「静かに」
あきはそっと口元に人差し指を立てると、それから院長室の窓を指指した。
窓は開かれており、カーテンがゆらゆらと揺れている。
かすかに院長の寝息が聞こえてくる。
と、次の瞬間、あきは窓のさんに手をかけるとひらりと屋内へ身を踊らせた。
本当に自分達と同じ結核患者なのか。
いや、そもそもたとえ健康でもあそこまで身軽に動けるものなのか。
みきが呆然と見張るなか、あきが室内から「おいで」と手招きする。
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