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「ほほう。ついに米軍が沖縄に上陸したらしい」  ベッドの上でだらしなくあぐらをかいて、新聞を読んでいた佐瀬あき(させあき)が、わざとらしく眉根にしわを寄せて言った。新聞はわざわざふもとから、彼女が個人で取り寄せているものだった。  流石に腰から下には毛布をかけているので、はだけている寝巻きから肌が見えているわけではないが、どう見ても品のいい姿ではない。 「ちょっとあきさん」  隣のベッドで品よく上体を起こし、肩にレースの肩掛けをかけながら本を読んでいた山本いのり(やまもといのり)が、顔をしかめた。 「そんな格好で新聞を読んでるだけでも見苦しいのに、その言葉遣い。まるで男の方みたいでとても淑女とは思えないわ」 「あら、いいじゃない? 男装の麗人とでも想像してくれれば。それに私の勘じゃ、もうすぐ女がもっと活躍する時代がくるね。男並みに」  いのりの隣のベッドで大人しく毛布にくるまっていた葛城結愛(かつらぎゆめ)が、その優しく澄んだ目をあきの方に向けた。 「あきさん。それはどうしてですの? なぜそう思うんですか?」 「日本は戦争に負けるからさ」  あきはポンと新聞を叩いた。 「沖縄まで来たとなると、本土上陸はもう目前だ。戦争に負ければ当然植民地支配が始まるだろうし、そうなればアメリカ式の教育や女の社会進出が促されるだろうね」 「あきさん! 戦争に負けるなんて、そんな!」  いのりが口を抑えて、少しかん高い声を上げた。  だがあきは気にする様子もない。 「あと、もって二、三ヶ月ってところかな?」  あきは平然と言ってのけると、新聞を乱暴に畳んで床頭台に投げ捨てた。  先程から部屋の窓の開きを調整していた阿津みき(あつみき)は、ようやく入り込んでくる風の強さに納得したのか、自分のベッドに戻ってきた。  みきのベッドは結愛のベッドの隣、一番窓に近いところにあり、風の影響をまともに受けるのだ。 「それで? あきさんの言うところのアメリカ式の教育とやらは、具体的にどんなことなのかしら?」  みきはベッドに潜り込むと、片腕で頭を支えながらあきのほうを向いて半身を起こしてそう聞いた。 「そうね……」  あきは顎に手をやると、わざとらしいまでに真剣な顔になった。  その顔が面白かったのか、結愛はみきのほうに顔を向くとプッと小さく吹き出した。  少ししてあきはおもむろに口を開いた。 「まずは男女共学」  途端に歓声やら驚愕の声があがる。 「男の方と一緒に勉強ですって!?」 「それは、同じ教室でってこと?」 「隣の席に男の子がいるなんて。想像しただけでもゾッとするわ」  では男子と女子が机を並べるのは、小学校の、それも低学年までだ。今の自分達が男子と机を並べるなど、みきには到底想像できなかった。もっとも今は学校自体行ってないし、そもそもまともに学校が機能しているかも微妙なところではあったが。 「まあまあ、落ち着いて」  あきはなだめるように、手を上下させた。 「あくまでもこいつは私の勘よ。アメリカの教育方針を真似するならってこと」 「ついでに言えば、日本人が全員処刑されなければの話ね」  いのりは持っていた本を閉じると、そう言って横になった。 「処刑? まさかそんな……」  結愛が心配そうに口元に手をやる。  ただでさえ青白い顔が、ますます青ざめた様子だった。 「いや、確かにありえるな。奴ら、白人以外は人間とも思ってないって話だし。よくて全員奴隷にされて、売り飛ばされるっていう結末もあるかも?」  あきの軽口に結愛は言葉も出ないといった様子で、みきに助けを求める。 「まあ例えそうなったとしても、私たちに関しては心配ないでしょ? この身体じゃまともに労働なんて無理なんだし」  みきは結愛の視線には目を合わせず、天井を見上げると言った。 「アメリカに結核の治療薬があるなら別だけど」
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