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「昨日はありがとうね。二人とも」  運ばれてきた朝食-麦飯とゴボウの汁物という粗末さだったが-を終えると、外出の支度をしているといのりがポツリと言った。視線はあきにもみきにも向けられていない。ただベッドの上で組まれた自分の手を見下ろしている。横のベッドではやっとの思いで朝食を食べ終えた結愛が、横になったまま辛そうに目を閉じていた。 「気にしない、気にしない」  寝巻きの上に上等の毛織物の上着を羽織ながらあきが言った。こちらも視線は決してあきの方へ向けようとはしない。 「ここじゃお互いさまよ。そうでしょ?」  そうだ。  ここでは誰もが結核患者という意味で、平等の立場だった。明日吐血に苦しむのが自分かもしれないとしたら、今日苦しんでいる子を放っておくことはできない。  だがそれだけなんだろうか?   ふと、みきの心に疑問がわいた。  その疑問は今のあきの坦々とした様子、結愛のじっと苦しみに耐える様子を見ているうちにますます強くなった。  何だろう?  その答えは不意に浮かび上がった。 「戦場……」 「え?」 「みき、どうしたの?」  いつの間にか声に出していたらしい。あきといのりが揃って聞いてきた。  見れば結愛も訝しげな視線をみきに向けている。 「あ、いや……」  少し言い淀んだ。だがみきはこの部屋で隠し立てをすることはしたくなかった。 「まるで戦争だなと思って。ここで行われていること」 「病気との戦いという意味かしら?」  いのりが首を傾げる。 「それもあるのですけど、もっとこう、覚悟のようなものが……」 「覚悟……」 「この郎銘館では死は隣あわせです。今日無事でも明日死ぬかもしれません。そうやってここを出ていった人は何人もいます。そしてまた、新しい患者がやってくる……」 「確かに戦場における兵士の補充と一緒だね」  あきが乾いた笑いで答える。 「私達は死を避けられないことを誰よりも分かってきます。でも、だからといって簡単に諦めたりする気もない。そんな理性と本能の間のぎりぎりのところで綱引きしているような心構えが、何だか戦地の兵隊さんに通じている気がしたんです」  みきは戦場を知らない。ただ戦場で傷ついた兵士達も、仲間の看病をしながら明日自分が死ぬかもしれないと覚悟している兵士達も、おそらくは父と兄も、きっと今の自分達と同じ顔をしているのではないだろうか。そうすることで辛うじて正気を保っているのではないだろうかと。そう思えてならなかった。  みきが言い終えると、部屋に少し沈黙が訪れた。  やがて結愛がゆっくりとベッドから這い出してきた。   「結愛。大丈夫なの?」  みきの言葉に結愛はただ「ありがとう」とだけ言った。
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