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6.
全員で部屋に戻ると、結愛は知っていることを語り始めた。
部屋にはベッドと床頭台しかないので、結愛といのりは並んでベッドに腰掛け、あきとみきは床に腰を下ろすことにした。この洋館では室内履きに履き替えることになっているので、そこまで汚くはない。みきはそう思うことにした。
結愛によると、そもそもこの郎銘館が建てられたのは明治時代の初期。当時の政府のお抱え外国人として英語や建築を教えに日本に来ていた、リチャード・バナーという教授が自ら設計し建てたものだった。
当初は外国人向けの保養地としてだったが、その後日本人の手に渡ると、日本の金持ちも泊まりに来るようになった。
さらに年月が経って、結愛の遠縁にあたる葛城藤次郎が手に入れてからしばらくした頃、日本は米国や英国相手に戦争を始めることとなった。
外国の言葉を話すことや、書くこと、読むことは禁じられ、さらに洋風の建築物でさえ、政府から睨まれるようになった。
さらに戦争の影響もあり、国内では国民の栄養状態が悪化。結核患者が増えるようになると、政府は各地に結核患者の隔離施設をつくり始めた。
そんな中で外国人が建築した洋館、郎銘館は格好の標的となった。壁紙を張り替えたり、いくらかの簡単な工事をしてから結核患者の隔離施設になった。
藤次郎は自分の親戚筋である結愛が結核を発症していることを知ると、彼女を入院させることを条件に郎銘館を政府に手渡した。
「実はその藤次郎さんという方とは、この郎銘館に来る前に一度だけお会いしたんです」
その時、藤次郎はこの郎銘館の歴史を全て記した歴史書、『郎銘館覚え書き』の存在を結愛に話したのだ。
「なんでも最初にここを建てたリチャード教授以来、ここの持ち主達に引き継がれてきたんだそうです。そこにはこの郎銘館で起きた事柄や客人にまつわる面白い話など、様々なことが書かれているそうです」
「なかなか興味深い話ですわね」
ほんの少しだが、いのりは身を乗り出すようにして言った。もちろんベッドの端に上品に腰掛けている姿勢を崩すことはなかったが。
「それで、その覚え書きは今どこにあるのかしら? もしかして院長が持っているとか?」
「それが、どうも違うみたいなんです。藤次郎さん、どうも覚え書きのことは誰にも話さなかったみたいなんです。その、どうもここの院長は政府寄りの人間だったから嫌だったみたいで」
「まあ、その政府にこの館も召し上げられたんだから、当然の反応でしょうね」
みきが口を挟んだ。
この国の政府がどれだけの人と物を奪っていったか、みきはよく知っている。
「じゃあ、今はその藤次郎さんっていう人が持っているわけ?」
あきが聞くと、結愛の折れそうなほど細い首が傾いた。
真っ白な額にしわを寄せて懸命に記憶を辿る結愛を見ていると、みきはそのいじらしさに思わず頭を撫でたくなる。
「そうかも……」
それだけ言うと結愛は黙り込んでしまった。
「まずはその藤次郎さんに手紙を送って見なさいよ。それでもし持っていたなら、ここに送ってもらうの」
「送ってもらってどうするのですか?」
結愛があきを見下ろしながら聞き返した。
「決まってるわ。そこに私達の記録も付け足してもらうのよ」
あきが堂々と胸を張って言った。床に座っていても、そのツンと顎を突きだす様はなかなか絵になっている。
「そんなことが可能かしら? 病人の記録だなんて……」
いのりは少し訝しんだ様子で眉をひそめたが、あきはまるで気にせずに続けた。
「だって、ここが今、結核患者の隔離施設なのは事実なのよ。だとしたらその記録も残すのが当然じゃない?」
「結愛、とりあえずその藤次郎さんっていう方に手紙を出してみたら? 近況報告も兼ねて」
みきがそう提案すると、結愛はコクリと頷いた。
覚え書きに自分達の名前や記録を載せるかどうかは、返事を待ってから決めることにした。
ここでの生活において、先の目標をつくるというのはいいことだった。たとえそれがどんな小さな目標でも、生きる糧になるから。
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