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「結愛、結愛。起きて」 「……何? みき? どうしたの?」  結愛が手紙を藤次郎のもとへ送った次の日の真夜中の2時。  普段ならもちろん職員、患者ともに寝ているだったが、今、館内では慌ただしく人が動いている。 「空襲警報よ」  隣でいのりが寝巻きの上に薄手の上着を羽織ながら、短くただそれだけを言った。 「そんな、まさか、だってここに!?」 「結愛。今はとりあえずベッドから出て」    みきが言うと、結愛は素直にベッドから出た。暗闇の中で床頭台にある巾着袋を取り出したが、それを手に持っていていいのか迷っているのが分かった。 「大丈夫? 明かりはつけないでそのままでね」  ゆなが部屋に入ってくるなり、そう言った。それから半開きになっている窓を全開にした。 「爆撃機ですか?」 「どうもこのふもとの村の上を通りそうな感じみたい」 「こんな田舎の村を!?」  あきが緊急事態に似合わない、素っ頓狂な声を上げた。 「他の場所を目指しているのかもしれないわ。ただ通り過ぎてくれることを願うけど」 「私達はどうすればいいのですか? このまま部屋で待っていればいいのかしら?」  いのりが淡々とした口調で聞いた。  ゆなの視線ががほんの一瞬宙をさまよったことに、ゆきは気づいた。 「窓側には近づかず、床に伏せていて」    それだけ言うと、ゆなは部屋を出てドアを閉めた。 「もし藤次郎さんが覚え書きを送ってくれたら、今日のことも書きたいわね。まあ、生きていたらの話しだけど」  あきの言葉に、みきが皮肉っぽい口調で応じる。 「何を書くのかしら? って話かしら?」  ゆなはできるだけ足音をたてないようにしたのかもしれないが、職員達と思われる足音が階段を降りさらに地下室のドアを開ける音が二階の部屋にまで響いた。  ただし患者は誰もそこに行っていないことを、みきは確信していた。 「そうは言ってもしょうがないじゃない? 向こうは健康な方々。こちらは結核患者。おまけにここの地下室ってそんな広くないでしょ。そんな換気もできないところに、結核患者と閉じ込められるなんて何の罰よ」  あきの言葉に結愛がそっと耳を手で夫妻だのが、暗闇でもみきの目に見えた。 「あきさん。いくらなんでもそんな言い方」 「しっ。静かに」  いのりが普段とは似合わないほど、冷たい響きの声を発した。  すぐにみきの耳にも、何か唸り声のような音がかすかに聞こえてきた。心なしか窓ガラスが振動しているようにも見える。  結愛がそっと手を延ばしてきた。ただもう片方の手は口元を抑えている。  よりによってこんな時に。  みきは歯噛みしたが、もちろん結愛を責める気はない。ただこの状況下で、くぐもっだ咳を懸命に抑える結愛が哀れでならなかった。  じっと暗闇の中で気配を消すなか、徐々に唸り声のような音は大きくなり、そしてまた小さくなり、やがて聞こえなくなった。 「行ったみたいね」  あきが天井を見たまま、ポツリと言った。 「やっぱり今のは爆撃機のプロペラ音だったのかしら? でもここは山の中なのよ。そんな音が聞こえるなんて……」  いのりが不安そうにあきを見たが、あきは天井を見たままだった。 「多分この調子では、ふもとの村の上空を通過しただけなのかもしれないけど、低空飛行なら聞こえても不思議じゃないかも?」  その場合、標的はこの近辺ということになるのだろうか?   普段から死は身近にあるとはいえ、みきは爆撃機の行き先を想像して一層陰鬱な気分にさせられた。 「職員さんたち、呼んできますか?」  結愛が口元を抑えたまま聞き、いのりが首を振った。  それから立ち上がって窓を少し閉めた。  入り込む涼風が減り、寝やすい室温になる。 「もう少しこのままでいましょう」  いのりは立ったまま窓の外の景色を眺めている。  みきは一刻も早く、藤次郎からの返事が来ることを願わずにはいられなかった。
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