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8.
空襲警報の騒ぎがあった一週間後、ゆなが手紙を持ってきた。
基本的に手紙や郵便は自由に外部とやり取りされている。ただしここが田舎にあるということと、今が戦争中ということで、無事に届くかどうかは心許ない部分もあった。
四人も心のどこかで藤次郎からの返事が来るか、確信が持てなかったためか、手紙が届いた時は一様に安堵の表情をみせた。
ゆなが「ご家族から?」と聞いた時、結愛は「そうです」とだけ答えた。
ちょうど運ばれてきた乾パンと野菜くずが浮いただけのスープの昼食を食べ終えたあとだったので、全員で結愛のベッドの周りに集まって開封することになった。
「この薄さからすると、まさか覚え書きそのものが送られてきたわけではないわよね」
あきが封筒をぺらぺらを振りながら言った。結愛に送られてきた手紙であり、あまりお行儀の良い行為ではなかったが、今さら誰も気にはしない。
「結愛。早速読んでちょうだい」
いのりに促され、結愛はあきから封筒を受け取ると、中の便箋を取り出した。
簡潔に一行だけ書かれていた。
『龍宮奇譚1頁分の体積を求めよ』
「……何でしょう。これ?」
結愛は手紙の中身を読み上げると、困ったように手紙をひらひらとかざした。似たよう行為をしていても、あきとは違いずっと可愛くみえる。もちろんそんな気持ちはおくびにも出さず、みきは尋ねた。
「龍宮奇譚? 聞いたことないわね。雑誌か何かかでしょうか?」
みきはこの国で発行された本や雑誌にはある程度詳しかったが、それでもこの数年で多くの出版社や雑誌が廃業、廃刊に追い込まれたことを考えれば知らないものがあっても不思議ではない。
「私、あるわ」
そう言ったのはいのりだった。
「確かどこかの女性団体が発行した雑誌だったはずよ。女性の社会進出について書かれたもので、厚さにして親指の先程の薄手の雑誌だったわ」
「なるほど。それで龍宮ですか。確かに乙姫は立派な職業婦人どころか、経営者でしたからね」
みきがそう言うと、あきが感心した口調で言った。
「おぉ。日本にも時代を先取りしてた女性がいたのね」
「そんなことより、この文章どういう意味なんでしょう? まさか学校に行けと、数学を勉強しろ言っているのでは?」
あきの言葉は気にかけず、結愛が不安そうな顔をする。
もちろん、今、あき、いのり、結愛、みきの四人は女学校には通っていない。結愛にいたっては小学校でさえ全部は通えていない。
「ふむ。これは少し頭を使う必要があるわね」
あきはそう言ってニヤリと笑った。
とても15歳の少女とは思えない不敵なものだった。
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