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2「幽霊に感覚を与える人……それでゴースト・ギバー」
案内された部屋はずいぶんとごちゃついていた。
広い机に何冊も本が積み上げられている。中にはマンガも混じってたり、筆記用具が散乱していたり、なかなかにカオスだ。
その惨状に茜くんも形のいい眉をひょいと上げた。
「風早くん」
「げっ」
茜くんに名前を呼ばれた男の子―― 風早琥珀くんは慌てて立ち上がった。
スラッと足が長くて、見た目はいかにもなスポーツ少年。たしか、サッカーが得意なんだっけ。お昼休み、グラウンドを眺めていた女子がはしゃいでいたはずだ。
『琥珀くんがんばれーっ』
『かっこいいー!』
『琥珀くんって、いつもいい匂いするよね』
『わかる! さわやかで、スポーツマンって感じ!』
……ってさ。茜くんとはまた違った意味で、ぼくとはまるで正反対な人種だ。そして確かにせっけんのいい匂いがするような。
そんな琥珀くんはわたわたと手を振って弁明する。
「茜。これはちげーんだよ。探し物してて、後でちゃんと片付けるつもりで……って、誰だ? そいつ」
琥珀くんの目が不審そうにぼくを上から下まで見つめる。
ひぇ。緊張してぼくの体が硬直した。
「風早くん、そう怯えさせるな」
「そんなつもりじゃねーよ」
「彼は天内若葉くん。オレらの新しい仲間だよ」
「へ?」
「は?」
マヌケな声は、ぼくと琥珀くん、同時だった。
「天内若葉……って、確か転校生の? ダチをケガさせて入院させたってウワサの?」
「……」
琥珀くんの言葉に、ぼくは思わずうつむいた。ぎゅっとこぶしを握る。ドクンドクンと心臓がうるさい。
そこに静かな声が割り込んできた。
「……騒がしいわね。どうしたの」
現れたのは、髪の長い、キレイな子だった。
雪野藍里さん。
確か琥珀くんと同じクラスだったはず。
桃香ちゃんが小動物なら、藍里さんは……名字のせいもあるけど、雪の女王様?
キレイだし、表情もクールっていうか。テストの点もいいってウワサだし、まさに「高嶺の花」ってイメージだ。白い手袋が目にまぶしい。
……白い手袋? こんな室内で?
「藍里。なんか、こいつが新しい仲間だって」
「琥珀は落ち着きなさい。西園寺くんが呼んだなら、何か意味があるんでしょ」
「雪野さんは話が早くて助かるね。順に追って話すとしよう。さ、まずはみんな、座ってくれないか」
茜くんに仕切られて、ぼくたちは互いに顔を見合わせながら、バラバラと席に座る。
ぼくの隣に座ったのは桃香ちゃんで、少しホッとした。
……だって琥珀くんなんて、さっきからずっと睨んできてるし……藍里さんは澄ました顔してこっちを見ようともしないし……。
ぼくたちを見渡した茜くんは、小さく息を吸った。ゆっくりと話し始める。
「オレたちは、ゴースト・ギバー。通称GG。前年から発足していて、オレが先輩から引き継いだ。残念ながら先輩は当時六年生だから、もういないんだけどね」
「ゴースト・ギバー?」
何だそれ。はじめて聞いた。
素っ頓狂な声を上げたぼくに、茜くんがクスリと笑う。
「幽霊に感覚を与える人……それでゴースト・ギバー。ネーミングセンスは先輩のものだからあまり気にしないでくれ。まあ、もっと簡単に言えば霊能力者みたいなものだよ」
「霊能力者、って……」
「霊能力者というからには、もちろんここにいる全員、何らかの霊能力を持っている。たとえば……桜田桃香さん」
「は、はいっ」
呼ばれた桃香ちゃんが立ち上がる。体中が緊張でいっぱいだ。少し震えている。その証拠に、首にかけられたヘッドホンがカタカタと音を立てた。
「彼女は、耳がいい」
「……耳が?」
「あ、うん、そのっ……うん。そうなの」
わたわたと答えた桃香ちゃんは、照れたように両手をもじもじと合わせた。
「あの、ね。わたし……幽霊の声が聞こえるの」
幽霊の、声……。
――え、待って。
あいつらって、しゃべれるの?
「わかばくん。よろしくね」
「あ、う、うん」
「次に、風早琥珀くん」
「おー」
ぶっきらぼうに答えた琥珀くんは、座ったままだった。相変わらずじろじろとぼくを見ている。
ちょっとお調子者なところはあるけど、人なつっこくて、元気で、気がいい。
ウワサでは、そう聞いたんだけどな……。
「彼はね、鼻がいいんだ」
「……鼻? それはつまり、幽霊のにおいがわかるってこと?」
「ほかに何があるんだよ」
「いや、でもにおいって……う、何でもないです」
「何も言ってないだろ」
ぼくがおどおどと引き下がったら、琥珀くんはフンと鼻を鳴らした。
顔が、顔が怖いんです。
余計なことを言ったら噛みつかれそうだ。鼻がいいってのも、この態度も、なんだか犬みたいだな……。
「それから、雪野藍里さん」
「ええ」
スッ、と藍里さんは立ち上がった。
サラリ。長い髪がゆれる。
「彼女は……何と言えばいいだろう。幽霊に触れる、と言えばわかりやすいかな」
「え!」
「柔道もやっているから、投げ飛ばせるわ」
「ええ!?」
触れるだけでも驚きだっていうのに、投げ飛ばせるだって!?
もしかして最強なんじゃ?
こんな美人な子なのに、人は見かけによらないって本当なんだ。しかも、すごいことを言ってるのに相変わらず表情は変わらない。淡々としていて、ちょっとロボットみたいだ。
「最後にオレだな」
そう言って、茜くんは立ち上がった。
演技がかった仕草で、茜くんは自分の胸に手を当てる。
「オレは、西園寺茜」
ニコリと笑う。どこか、人を安心させる笑顔。
彼に任せておけば全部大丈夫……なんて思っちゃいそうなほどの。
「幽霊を食べることができる」
……ん?
「……食、べ?」
んん?
なんか今、信じられないことを言われたような……?
「言葉が足りなかったかな。オレがそのまま食べるわけじゃないよ。食べるのは、オレの背後霊さ」
ぼくは、ゴクンとつばを飲み込む。
茜くんの背後で、口の大きなバケモノがあんぐりと口を開けていた。
もしかして、さっきもあいつが幽霊を食べたのかな。あんなに大きな口じゃ丸飲みも簡単だろう。あれならきっと、先生たちのことだって一口だ。それくらい口が大きい。
「さて、天内若葉くん」
「は、はい!」
「君は気づいたかな。桜田さんが聴覚、風早くんが嗅覚、雪野さんは触覚で、オレが味覚だ」
「……えっと……?」
「そして君が、視覚だよ」
茜くんが宣言したとたん、ほかのメンバーがざわざわし始めた。
「こいつがぁ?」
「へぇ……」
「わかばくん、すごい!」
待て。待て待て。
すごく、イヤな予感がするぞ?
この流れは良くないって、ぼくの第六感か何かが言ってるぞ?
四人の目がこっちを見ている。
うう。ふだん、注目されることなんてないから、ぜんぜん慣れない。
「このゴースト・ギバーにはね、幽霊に対して何らかの感覚が強い者が集まってるんだ。それで悪霊を退治したり、逆に困った霊を助けたりしているというわけさ」
「でも、ぼくは……」
「天内くん、知ってるかい。霊能力というものは適度に発散するのがいいのさ。使いすぎは良くないけどね。使わないで溜めっぱなしなのも、実に良くない。暴走してしまうんだ」
茜くんは簡単そうに言ってのけたけど。
その声は、すごく真剣だった。
暴走……そんなことがあるのかな。今でもすでに、ろくでもないんだけど……。
これ以上悪化したら、たしかに困る。とっても、困る。
「つまりこのゴースト・ギバーは、君にとってもメリットがあるということだ。それにやっぱり、幽霊が見えないということはオレたちには不便でね。やりにくいことも多いんだ。だからオレからぜひ、お願いしたい」
茜くんは、ゆっくりと手を差し出した。
迷いなんて、一つもない、堂々とした目をぼくに向けて。
そうして、ほほえむ。
「オレたちの目になってくれ」
そんな真っ直ぐな眼差しと言葉に、ぼくは――震えながら、言葉を押し出した。
「お、お断りします」
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