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ある日、彼女と大喧嘩をした。それまで、僕らはとても仲良しで、只の一度も喧嘩をしたことがなかった。
ブランコから飛び降りて着地する、という遊びは、僕の周りでも流行っていた。
好奇心旺盛な彼女は、もちろんやった。僕がやめるのも聞かずに漕ぎ始めてしまった。
僕は心配で仕方がなかったが、元々運動神経がよかったのだろう。子供とは思えない動きで、見事着地に成功した。
彼女はすぐに僕の方に駆け寄ってきた。
ほめてもらえると思ったのだろう。
『ね、ね、すごかったでしょ!』
嬉しそうに、キラキラした目で言ってきた。
でも、僕はそのとき無視をした。
それからしばらくの間、彼女が来ても僕はスズと喋らないようにした。
だけど、スズは僕が冷たくしてもあまり気にする様子はなかった。
スズはその後も、何度も家に来ては、僕を遊びに誘った。
『えいくん、いる?』
僕は出た。彼女と遊ぶためではなく、僕がいない間、またブランコで危ないことをしないように。彼女はいつも僕と一緒だったから。
家の中で一緒にお絵描きもした。その間も僕は一言も彼女と口を利くことはなかった。
一緒におやつを食べるときも、いつもなら「おいしいねー」とか「もう少しちょうだい」とか、他愛のない話をして過ごしていたのに。僕はやっぱり彼女と口を利かなかった。
それなのに、彼女はいつも嬉しそうにしていた。僕は余計にイライラした。
彼女と口を利かなくなってから二週間くらいしたとき、いつものように僕の家に彼女が遊びに来た。
画用紙を丸めてリボンをつけて、僕に満面の笑みで渡した。
『はい、えいくん』
今から思うと、僕は何であんなことを言ってしまったのか。未だに罪悪感にかられることがある。
『いらないよ、そんなもの』
それまで彼女はどんなに大変な目に遭っても、一度も泣いたことはなかったし、怒ったこともなかった。
それが、僕が冷たく突き放した途端、涙がじわじわと彼女の目にたまっていって、そして……。
『えいくんのバカ!!』
そう言って、僕に画用紙を投げつけて、走り去っていったんだ。
画用紙を広げてみると、
「いつもありがとう だいすきなえいくんへ」
と書いてあった。その上には僕の(多分)似顔絵が大きく描いてあった。
僕は居ても立ってもいられなくなった。すぐに彼女を探した。きっとあそこだ、って思って。
公園につくと、彼女はブランコを漕いでいた。いつものような朗らかな笑い声は聞こえてこなかった。その代わり、大きな声で泣きながら僕の名前を呼んでいた。いや、叫んでいた。
『えいくんのバカー!!!』
スズの泣き叫ぶ声が響いていた。
『スズちゃん……』
僕が彼女に近づこうとしたとき、彼女は飛び上がった。
今度は、着地に失敗した。彼女は倒れたまま目を覚まさなかった。
僕はそのとき、一瞬何が起きたのか理解できなかった。何かしなきゃ、と思うのに、体がうまく動かなかった。
『あー、もうやっと見つけた!』
僕はそのときのことをよく覚えている。母さんの声が聞こえたとき、僕は泣きながら母さんに抱きついたんだ。
『おかあさーん!』
母さんは、どうしたどうした、と僕の頭を撫でてくれた。僕はそのとき、状況をうまく言葉で伝えることがてきなくて、とにかくスズが危ないことを訴えていた。ブランコの方を指さして、必死にスズが危ないんだってことを伝えていた。
『……スズ、ちゃん?』
それから、母さんが僕から離れてすぐにスズに駆け寄った。
母さんも、スズが倒れてるのを見て、気が動転していたんだと思う。救急車を呼ぶときの声が、すごく震えていた。
彼女はすぐに病院に運ばれた。僕は救急車に乗ってる間、何も話さなかった。
ただ彼女の方を見て、ガタガタ震える手を必死に押さえつけていた。母さんはそんな僕をずっと抱き締めてくれていた。
幸い彼女の怪我は大したことがなかった。
僕はそれを聞いて、嬉しいやら自分がしたことに対して悔しいやらで、涙が止まらなかった。
彼女のお母さんとお父さんも、泣いていた。
病室に入っていいよ、と言われても僕はなかなか入ることができずにいた。
彼女のお母さんが、僕の手を引っ張って病室に入れてくれた。普通なら怒って当然なのに、優しくされて、僕は余計に涙が出てきた。
彼女は僕の方を見た。いつもの可愛らしい笑顔で僕に微笑んでくれた。どうしてそんな顔で笑うことができるんだろうと、僕は不思議で仕方がなかった。本当は強烈に罵声を浴びせられてもおかしくはなかったのに。
僕は彼女に駆け寄った。
『ごめんね、スズちゃん……。ほんとに、ほんとにごめんね……』
何度も何度も謝った。けど、謝っても謝っても足りないと思った。
『ううん、スズもごめんなさい……』
スズが謝ってくるなんて思わなかった。
『スズ、えいくんのきもち、ぜんぜん、かんがえてなかった。ただすごいねってほめられたかったの。ごめんなさい……』
僕はスズの頭を撫でた。
『ううん、ぼくの方が悪かったんだ。ちゃんと言えばよかった。……絵、見たよ。ありがとう』
スズの嬉しそうな顔は今でも頭に焼き付いている。
『あ、そうだ。ねてたからいえなかったの。きのうはね、えいくんとスズが、はじめてあった日なんだよ』
彼女はカレンダーを指さしながら言った。
僕はまた泣きたくなった。
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