星屑の川を呑む

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 初夏の陽射しは、夕方を迎えて少し和らぎ、かささぎの里に降りそそいでいる。  その夕方、翠華は田畑の手入れを終え、畔道(あぜみち)を自宅へと戻るところだった。畔から道に上がろうとすると、ちょうど二人、青年が通りかかる。それぞれの手に、自身の羽根で作ったらしい黒の団扇があった。 「今年もお許しが出てめでたいな」 「ああ、今度こそ雨が降らぬよう、しっかりと祈らないとな」  首にかけた手拭いで額の汗を拭いながら、今年もあの日がやってくるのだな、と思った。広場ではすでに舞がはじまっているのだろう、太鼓の音がかすかに届き、翠華の胸の底をふるわせた。  青年たちは翠華の姿を見ると、どう声をかけたものか迷う様子で、小走りに去っていった。  ──あの日のことは、翠華の胸に、忘れえぬ強さで刻まれている。  いつまででも飛びつづけられると思ったのが、川のどのあたりのことだったのか、定かではない。織姫さまの祈るような声を時折、聞きながら、ひたすら飛びつづけた。  ……自分ではまだ飛んでいるつもりだったのだが、はっと気づけば、かささぎ姿のまま、見知らぬ青年の両手に包まれていた。  聞くに、青年は、彦星さまの側仕えであるということだった。  そっと促され、くちばしを閉じたまま首を回せば、そこには抱き合う恋人たちの姿があった。  よかったと思い、ついでこれまでで一番、胸が軋んだ。毎年、織姫さまを天の川の対岸に見送った後で、想像していた光景が目の前にある。それは思いの他、こたえた。  現実から逃れるように疲労に身を任せ、眠った。  それでも明くる朝、里長がよこしてくれたかささぎたちの橋の上を、織姫さまの胸に抱かれながら渡ったのは、望外の至福というほかなかった──  家に戻るまで、また幾人かとすれ違ったが、どの者も一様に気遣わしげだった。  翠華は里に戻ったあとで、里長からお咎めを受けることになった。とはいえ、織姫さまのとりなしもあり、そう厳しいものではなかったのだが──なかば自分の意志で、織姫さまの側女をやめた。今は、田畑を耕すことを生業にしている。  里の皆は、翠華をたいそうな忠義者だと思ったようだ。だが一方で、なぜあんな無茶をしたのか理解する者はなかった。翼衛が言ったように、一年待てば、と思っているのだろう。  その一年が、という気持ちは、きっと他の誰にもわかるまい。  織姫さまは、以前ほど近い人ではなくなった。それでもふいに声を耳にした夜は、想いが猛って眠れなくなる。けして叶わないと、わざわざ向こう岸で実感までしたというのに。  心はままならない──本当に。  ただ、心を堰き止めて苦しむ夜に、決まって、天の川の川面を思い出す。  星を吞みながら、流れ、渦巻く、激しい流れ。向こう岸を目指しながら眼下に望んだ、青白い光を。  あの情景を思い浮かべると、少しだけ落ち着く。    翠華は家につくと、広場の方角にある窓を開けた。かすかな太鼓の音に耳を澄ましながら、傾いていく陽を眺める。  里の者たちと祈ることはしない。  けれど、もう、雨よ降れ、と願うこともしない。
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